木々の緑が次第に、その色を濃くしてゆく様子は素敵で、こころをワクワクさせてくれる。
春から動き始めた植物の芽吹きの力が大きなものになってゆく今頃は、それにつられて動物や昆虫たちの営みも盛んになってゆくからだろうか、わたしが暮らす集落でも、いろんな存在と出くわす機会が多くなってゆく。
わたしが暮らしている、いわゆる中山間地域と呼ばれるところでは、全国どこでも、御多分にもれずイノシシ・シカ・サルなどの野生動物による食害(獣害)に悩まされつづけているというところは、このblogの記事の中でも幾度か記したことである。
この獣害問題は、それに関する研究報告書などでも「中山間地域では獣害問題が深刻化しており,農業従事者の営農意欲の低下に繋がっている。」というように指摘されるところではあるが、獣害にあったときのショックは、当事者にしかわからないところも多い。
そして対策についての助成などもあるものの、強固な金属製ポールを設置して金網を張り巡らせるようなことをすれば100%に近い防御が可能ではあるけれど、随分な金額の自己負担も発生する。
また、簡便な防獣ネットなどは幾分、費用は安いが、そのうちに食い破られ侵入されることも起こってくるので、この闘いに疲れきったということが、つまり営農意欲の低下として顕われるという構図になっている。
直接の被害当事者でない第三者は、その客観的な立場から、「多少の自己負担分が増えたとしても、全額自己負担ではないのだから、確実な金属製ポールを設置して金網を張り巡らせればいいと思うのだろうが…。」、それぞれ個々に事情が違っても、仕方なく獣害対策に捻出できる金額は、最大で数万円~十万円くらいまでというのが正直なところであろう。
それ以上の金額になると、まったく回収できる当てがない金額となるから、そこまでの投資をさらに加えて、田や畑をつくりつづけることには躊躇してしまうという気持ちが、営農意欲の低下という結果に集計されてゆく。
林業なんかでも、個人の林業家が所有する中小規模の植林地で採算性がとれなくなって放棄されて荒れた森林が増えてから、水源地森林の保水機能や生態系の機能とかが言われだす。
中山間地域の一枚あたりの耕地面積が小さい水田などでも、それは同じで、経済性を偏向重視する価値観からでは、採算性がとれなく耕作すること自体が意味のない生産活動となってしまうから耕作放棄された、それらの田畑について、そういうことが言われだす。
大概の場合、どちらも、所有者が資金や労力を投入し続けた上で、疲弊し、止むを得ず、そのような判断に至ったものだ。
そして、それらが後年に、前述のような論点から、社会問題化してくると、そのようなフィールドで活動するNPO団体などには、助成金が手当てされていったりするが、もともとの生産者が疲弊していった社会構造には目を向けられることもないし、その疲弊に対しては労われる事もない。
大正9年(1920年)の新聞記事に、三重県下に於いて、薪炭材の濶葉樹林が濫伐の為に殆ど切り尽くされたと記す記事がある。通常ならば、八年から十年のサイクルで伐採されるところを、この頃では五、六年で伐採するようになったという事情を伝えている。
濫伐の為め、茨、笹、柴等の禿山状態になって甚だしく荒廃に委した状態であると云われている。
大正六・七年の宮川での水害は、このような状況が背景にあるのかもしれないですね。
以前「地域学 -旧三重県一志郡川上村の天然椎茸-」という記事のなかで紹介した、旧三重県一志郡川上村の篠村七郎兵衛と云う人が、自然菌に由る椎茸栽培を行っていたのは、明治10年(1877年)の頃のことであるが、それから四十三年後の大正9年(1920年)の新聞記事では、三重県の森林が濫伐の為め、荒廃に委した状態であるということが伝えられている。
“伊勢神宮の宮域林は「理想の人工林」/日本政策研究センター”という記事の中で、「同じ条件から出発した森でも、人の手の加え方で、こうもちがってしまうのかと…」と指摘している箇所がある。世迷言を祈ってばかりの昨今の狂ったスピリチャリスムは、全く役に立たないけれど、経済性という世俗の利得に追随することだけが正当なことではないというところを貫くことができる精神性は、「人の手の加え方の違い」というところに顕れて、後々に大きな治水という利得を生んでいる。
同記事の中で神宮司庁の元営林部長、木村政生氏の談話が紹介されていて、「山を作ることが、いかに洪水災害を減らすかということが、これでよくわかると思います。」と申されている。それに付け加えて云うならば、神宮では神宮御杣山での神事のことがあり、そのような精神性や文化性が、反映された「人の手の加え方の違い」だということも忘れてはならないと思う。
また、明治十年当時に旧一志郡川上村の篠村七郎兵衛と云う人が行っていたことなどは森林の生態系資源を利用した山村の営みのかたちだと思うが、今の植林された針葉樹を中心に扱う林業からは、そういう部分は抜け落ちて、建築用や内装用などの用材を産出することだけに特化されているというところも、再考すべきところであろう。
いづれにしても、中山間地域の耕作地や森林を活かすことができなければ、このような地域はこれから加速度的に衰退してゆくことに歯止めがかからないのではないかと想う。
とにかく、そういう、すくなくとも高度成長期くらいから梃入れしておくべき問題が、先送りされて堆積しているというのが、多くの中山間地域の現状ではないかと思うが、それでも、小さい出来事だけれども、畑仕事の最中にアサギマダラを見かけたり、夕暮れ時の桑畑の帰りに狸に出会ったりする。
当たり前のことだけれど、害獣というのは、人間側の都合によるものであるのだし、自然は、いつも、人間に、にっこりと微笑むばかりではない。
いろんなマイナス面と、プラス面を、総合的に考えれば…。
獣害と闘う気力を失わなければ、そういう場所で暮らして養蚕を営むことは、わたしにとっては悪いことばかりではないと思う。


