大忙しだった生繭から繰絲(絲をとること)する作業が一段落してほっとしていたら、簇(まぶし)に取りこぼしていた汚れ繭から羽化してくる蚕蛾がいるのを見つけました。
蚕を飼っていても、収穫した繭は直ぐに保存するか、絲に引いてしまうので、普通は蚕蛾の羽化を目にする事はありません。だから、ちょっと面白いので様子を観察してみました。
繭の中の蛹から羽化したカイコ蛾は、口の両側にある小腮(しょうさい)と呼ばれる器官から分泌されるマユ溶解酵素〔コクナーゼ/cocoonase〕と云われる液体を出します。
そのコクナーゼ(cocoonase)は、pH 8.0付近の弱アルカリ性の 条件を備えていて、セリシン(繭を固めている膠質の物質)のみを分解し、フィブロイン(絹のたんぱく質繊維)は分解しない性質を持っているので、繭の絲を切らずに緩めて、繭を抜け出してくるのだそうです。
観察していると、透明な液体で繭の端が濡れたようになって、それが滲みて広がり、眉の中から押し上げるようにして、黒色の触覚らしきものがついたカイコ蛾の頭が次第に現れて来ました。「なるほどね。」っと妙に納得したのですけれど、やっぱり不思議なものだと想う気持ちは変わりません。
カイコ蛾が羽化して抜け出たあとの繭を“出殻繭(でがらまゆ)”と呼び、真綿にしたり紬糸をとったりします。
随分以前の事ですが、あるところの養蚕神(蚕神)を祀る御社で、100個ばかりの出殻繭を絲でつないだものが、社に奉納されていたのを目にした事があります。
繭の古さから、その地域で養蚕が行なわれなくなって、随分な年月が経ったことが想像できました。その社の近くの集落を幾つか訪ね歩いて、氏子総代さんの御宅を教えていただきましたが、その奉納品の謂れは、総代さんも御存じなかったので、詳しい事は今でもわからないままになっているのですが、・・・出殻繭を見ると、どのような意味と願いを籠めて、あのような奉納品を社の献じたのだろうかと、その疑問が心の中に蘇ります。



