ご近所の谷郷さんのお孫さんと、その友達が、集落にやってきました。
去年の夏休みは、古代住居をつくるために、その模型を“山村生活ぎゃらりぃー”で制作しました。
“モノを自由につくる”という行為は、“自由”という言葉がひとり歩きしたイメージに誤魔化されて、簡単に考えてしまいがちなのですけれど、実は、とっても大変なことなのです。
“自由”に作れるようになるためには、いろんなことを調べて、・・・考えて、咀嚼して、それらを蓄積して、そして、生まれてくるまでじっくりと待たなければなりません。
“昔の家をつくってみる。”・・・そのことに、こども達が取り組むのは、とても素敵なことですが、大人が手伝いすぎてもいけないし、また、荷が勝つところは手伝わなければ、こども達だけでは進みません。
けれども、プラモデルみたいに、“簡単に体験できて成果が得られるプログラム”にしてしまうと、こども達の中に、何も宿らないように思います。
だから、今年も事前に、いろんなことを調べてきてもらいました。
“調べて、考える。”・・・実際に、昔の家を建てるのなら、“ことば”の知識だけでは、何にもなりません。
・家は、何のために建てたの。?
・作るための木は、どのようにして切ったの。?
・火はどのようにして熾したの。?
・何を着ていたの。?
こどもたちからは、調べてきたことを踏まえた答えがでましたが、「ほんとうに、そうだろうか。」と“実際に、自分が作業する立場になることを想像して考えられるように、ちょっと意地悪な意見も加えたら、自信なさげな表情に変わります。
こどもたちが、つくりたい縄文の家は、大人の研究者が実験的につくってみたら、制作だけでも一ヶ月以上みっちり作業しないとできなかったそうですから、小学生の作業量としては無理があります。
それに、地面も1.5mくらいは掘り込まねければいけないので、ちょっと縄文の家をリアルに再現するのは無理だと思いました。
そこで、わたしたちは相談して、同じようなつくりかたで、簡単な構造の小屋を作ってもらうことにしましたが、どこまでできるでしょうか。?
だって、彼らが楽しみにしていることの一つに、“川で遊ぶこと”があるのですから、・・・。


