海への道中法貴峠にある明智戻り岩に車を停め 山中に少し足を踏み入れることがあるのですが あー終わっていたかぁ・・ 例年この日を見過ごしていました 2020年『麒麟がくる』明智光秀大河決定でGW後半初日 亀岡へ 第46回亀岡光秀まつり 公共交通機関をご利用下さいとのこと 立ち乗り覚悟 新快速JR京都駅経由からの山陰線で向かいましたが 一般駐車場・スーパー・パチンコ店のPK余裕有り 車でもいけましたね
石垣だけが昔日の面影を留める城址 現、大本教本部
光秀公慰霊祭の終盤に到着 魂の安寧切に願います 合掌
城郭無き城址ですが往事に思いを馳せしばしの散策
南郷池前のイベントスペースは物販・飲食ブース多数出店 結構な賑わい 法被 のぼり 旗は水色桔梗紋
昨日帰宅後半分読みました 失礼ながら存じ上げなかったのですが家村耕先生著『光秀奔る』購入 サインを頂戴しました
京都生まれ摂丹(能勢)在住 自営農業の旁ら一級の明智光秀研究家 約半分読後の印象ですが司馬先生の国盗り物語 池宮先生の本能寺同様読みやすいです ・娘三姉妹の婚姻いきさつ・曽地事件・波多野氏の名誉等 知らなかったこと 繊細な視点や詳細な記述多々有り 別途 氏が京都新聞に1年間週1回水曜に寄稿された記事をまとめた冊子『光秀をたどる』を賜る(^_^)ありがとうございます 通勤の友として読ませて頂きます
家村先生、能勢で酒蔵もおこなっているのか そんな記事をネットで散見 福井/丹後のサーフィン帰路にもあたりいつか訪問しようと思います
軽い昼食の後、現代の亀岡城、亀岡市役所へ
丹波亀山鉄砲隊の古式火縄銃演武は凄まじい轟音でした 空砲とはいえ250年前(だったか?)の銃 まとっている鎧・甲・武具は手作りの紙やプラスチック製とのこと 裸同然での試射です 今後も事故のないことを願います
地元学生さんのマーチングバンドの後鐘太鼓と共に登場 光秀 秀満 治右衛門 斉藤 溝尾 輿に乗った熙子 玉子(ガラシャ)らの雄壮な武者行列
宿敵のフレーズですが【坂本丹波のことも夢のまた夢】34才朝倉家に仕官 以降20年 心身脳漿の限りを使い切られました 諸説定まらぬ本能寺の真相を探ってもいまとなっては詮無きこと 当日信長、真空地帯京都に僅かな手勢で滞在したことに尽きます 『是非に及ばす』松永/荒木の時には発した『何故だ?』光秀には発することは出来なかったと愚考致します 醸成された二人の黒い間合いは沸点に達したのでしょう 封建制/宗教勢力/商業権力者の既得権 中世の扉をこじ開ける信長の革命に情けはありません もし成就していれば明治維新は300年早かったでしょう この間特に武田家滅亡/安土築城以降光秀を追い詰め過ぎました
武将として夫として父として鉄砲家・築城家・民政家・知識教養人・歌人文化人・大名代官として 大河ドラマ放映もその現れ 謀反人の汚名がひとつひとつ剥がされ真の光秀像が静かに浸透することを嬉しく思います
5.05 光秀ゆかりの丹後へ サーフィンですが(・・。)ゞ織田家臣団の中で光秀とは昵懇筋 丹後は藤孝が拝領致しましたがこの御仁もしたたかでなかなかの人物 お家は大大名として幕末まで続きました本能寺のキーマンの一人ですね
真ん中~左が綺麗な腰~ 8時から3時間 ロング密集気味でしたが風なくsizekeepの1.5時間が良かったです
さて明日から又皆様お互い頑張りましょう












