前々回『疾駆』の続編です。

……

北近畿タンゴ鉄道野田川駅は、“うらにし”に包まれて薄暗かった。

駅を降りるとマイクロバスが止まっていて、それが加悦町役場までゆく乗り合いであった。運転手以外に人はいない。何かを書き込んでいて、乗車口に立つ私に気づかなかった。

定刻を1分ほど過ぎて発車した。やはり私以外に人はいない。私はいないも同然だから、10月の終わり、しかも月曜日に観光客がいないのは当然としても、普段は空っぽなんだろうか。

駅を出ると左折し、タンゴ鉄道の線路をわたる。車窓の左には田園を一筋に白い柵が続いているのが見える。昭和60年に廃止になり、今はサイクリングロードになった加悦鉄道跡に紛れもない。
この行き着くところに加悦鉄道で使用した車両を保存するSL広場がある。とうとう来たなと私は思った。

バスが走る道は古びた木造の家が軒を並べている。細かくバス停があり、終点まで乗る余所者の乗客に停留所の名前を放送する。もとより降りる客はいないし、乗ってくる客もない。
途中ショッピングモールに寄ったりして、バス停に人はいるのだが乗らない。

古い町並みが続いて、珍しくもないレンタルビデオ屋があったりして、熟まずに車窓を眺めていたら、目の前に真新しい建物が現れて、加悦町役場の終点だった。結局、最後まで客は私一人きりだった。

なお、“加悦町”という自治体はすでになく、周辺と合併して“与謝野町”となり、この建物は加悦支所である。サイクリングも与謝野町のネットワークで行われている。
さて、自転車を借りよう。加悦町役場の前にかつての加悦鉄道加悦駅を利用した観光案内所がある。異質な洋館だからすぐにわかった。


裏道・横道の王道


近寄ると人の気配がない。扉が閉まっていて、“本日休館”とあるではないか。月曜日は休みらしい。


裏道・横道の王道


自転車の窓口は観光案内所だから開いていなければ借りられない。
借りられなければ、さらに2キロ弱奥にあるSL広場に行けないし、加悦に何をしにきたのかわからない。
借りられなければ、野田川駅13時30分の特急に間に合わなくて余部鉄橋が危うい。
加悦に来てしまったおかげで、今回の日程が崩れるではないか。
借りられないでは困るのである。

窮した私は役場に戻り、商工課に行った。観光案内所の所管事務取扱があるのではないかと思ったのである。

昼前でちょうど窓口はあいていた。窓口の一番近くに座っている女性が私に気づき声をかけてくれた。
東京から来た旨、観光案内所が開いていない事情を話すと、別のその方面に明るい人に声をかけてくれ、その人は観光案内所まで見に行ってくれて、自転車を事実上貸し出している自転車屋にも連絡をしてくれた。

しかし、観光案内所はやはり休みで、ここでの貸し出しは難しいという。私も半官半民の世界に生きているから、無理を通されればイヤな思いをするし、事情はわかる。

しかし話は親切で、ここの観光案内所は月曜休館だが、SL広場脇にある道の駅での貸し出しは今日もやっている、野田川駅での乗り捨ても可能だという。
ならば答えは簡単で、SL広場まで行けばよい。タクシーの連絡先を教えてもらい、役場を辞した。

無理をされれば恐縮してしまうし、けんもほろろだったら憤慨もしようが、有り難かった。適当な官のサービスだと思った。

タクシーの運転手は、現役時代の加悦鉄道を覚えていて、SLが走っていた頃、秋にはきれいだったという。車窓にみえる白い柵に汽車を重ね、タクシーに乗って良かったと思った。
料金を支払うとキャンデーをくれた。

とりあえず道の駅で自転車を借り、道路の向こうにみえる、SL広場へ行く。
客が少ないのか、本来の窓口は閉じていてお土産屋で入場料を支払う。

狭いながら、大切に手を入れられた客車や汽車がいる。一目で見られる範囲にたくさんいる。古びた蒸気機関車、客車。子供連れできている親は写真を撮る。私も撮る。
あの親は代休なのだろうか?あの親子に私はどう映っているのだろう。

荷台をつけた気動車、郵便を運ぶスペースを設けた気動車、車輪が3軸の気動車…

雲の切れ間から光がさす加悦谷に佇む古い車両。眼福であった。


裏道・横道の王道-加悦SL広場の気動車




広場に併設されて、電車を改造した食堂があるので、入ってみた。
洋食が得意なようで、私はペペロンチーノを頼んだ。
観光地にあるから、遊山客への食事かと思っていたら、作業着のおっさんが入ってきて、“いつもの”を頼んだ。
加悦鉄道の後継であるカヤ興産は今でも広場に接してあり、野田川からのバスも、SL広場も運営している。関係者のようだった。


裏道・横道の王道


ペペロンチーノは美味しく、時間が経つにつれお客さんの数が増えたところをみると流行っている店なのだろう。
カウンターに座っているとヨーロッパの食堂車はさもありなん、という気になる。


裏道・横道の王道


この小さなテーマパークには、鉄道博物館にはないものがある。一台一台の客車が青天の下にあり、走り出しそうな雰囲気は鉄道博物館以上だ。その分、現役を外れてから四半世紀を経る彼らの維持は甚だしいものがあるに違いない。
この食堂車も腐食しないようにするのは大変であろう。

事情をしらなくても楽しいだろうが、知っていればきっともっと楽しい。

文化としての齢を重ねた鉄道がここにはある。

会計を済ますと、マスターがキャンデーをくれた。

私のポケットには4つのキャンデーが残った。