「プロデューサー!」

真がこっちを見て手を振っている。
全く、楽しみにしていたのはわかるが少しはしゃぎすぎだ。

「早く来てくださいよー。」
「わかってる。ただ運動不足だからもう少し軽めに頼む。」
「普段から少し運動したほうがいいですよ?」

今日は前々から約束していた二人で旅行する日。
山中にある風情ある旅館に来ていたのだ。
旅館から歩いていける範囲に夕日が綺麗に見える場所があるということで二人で歩いていたんだが。

「プロデューサー、少し急がないと夕日の瞬間が見れないですよ。」
「まだ、夕日には少し早いから大丈夫だろう。」

旅館から歩いて15分程度で着くといってたし、そんなに急ぐ必要はない。
しかし、あれだな。無邪気な真もやっぱり可愛いな。

「プロデューサー?」
「ん?どうした真。」
「なんか顔がにやけてますけど何考えてたんです?」

呆れ顔の真を見て現実に帰ってきた。
ふむ、周りから見るとそんなににやけてたのか俺は。

「真が可愛いなって思ってたのさ。」
「え?プ、プロデューサー?」
「お、あそこが旅館で聞いた場所じゃないか?」
「もう!プロデューサーったら!」

頬を膨らませて可愛いやつめ。
しかし、たった15分歩くだけでこんなに疲れるなんて本気で運動不足だな。

「いっちばーん!」
「俺たち以外には人いないんだな。」
「そうみたいですね。」

いくつか観光スポットがあるらしいから、夕日よりそっちを優先したのかな。

「プロデューサー、そのさっき言ったことって……」
「本当だよ。真は可愛い。」

照れて言葉も出せないほど顔を真っ赤に染めている。
うん、こういうところが女の子らしくていいよな。

「真。」
「な、なんですか?」
「好きだよ。」
「え?え?」

驚いてる真を不意にぎゅっと抱きしめる。
普段は凛々しく見えることも多い真だけど、女の子らしい華奢な体をしている。
もっと強く抱きしめたら折れてしまうんじゃないかな。

「プロデューサー、僕も……大好きです。プロデューサーのk……んっ!?」

最後までに聞かずに俺は真の唇を自分の唇でふさいだ。
最初こそ驚いていた真だったが、すぐに俺に体を任せてきた。

「い、いきなりすぎますよ。」
「悪い悪い、真があまりにも可愛すぎてな。」
「もう、プロデューサーったら……」
「ほら、もうすぐ夕日が見えるんじゃないか。」

空の色が徐々にオレンジ色に変わっている。
どんな夕日が見えるんだろうか。

「いつまでも、二人の記憶に焼き付けような。」
「きざ過ぎますよプロデューサー。」

そう言いつつしっかりと腕組してくっついてくる真だった。
ああ、このまま時をずっと過ごしていたいものだな。
「涼さん、おはようございます!」
「あ、愛ちゃんおはよう……」
「どうしたんです?元気ないみたいですけど。」
「あはは、ちょっとね……」

ゲームのやりすぎで寝不足だなんて言えないよね。
ある格闘ゲームの動画を見て、あまりのすごさに自分も!
って、思ったのはいいんだけど……

「きっとゲームのやりすぎ?」
「え、絵理ちゃん!?」
「そうなんですか?」

後ろからいきなり絵理ちゃんの声が聞こえてびっくり。
しかも当てられてるよー。

「涼さん、エッチなゲームのやりすぎ注意?」
「ち、違うよ!」
「じゃあ、何のゲームしてたんですか?」
「格闘ゲームだよ。」

ひたすらコンボ練習してたんだけど、全然できなかったんだよね。
どれだけ練習したらあんなに簡単そうにできるんだろう。

「もしかしてストリpp」
「絵理ちゃんストーップ!」
「え?え?涼さん、何で止めたんですか?」
「愛ちゃんは知らなくていいんだよ。」

なんか絵理ちゃんがすっごい悪い笑顔してるよ。
大体なんで絵理ちゃんがそんなの知ってるんだろう。
僕ですら名前くらいしか知らないのに。

「愛ちゃん、後で教えてあげるね。」
「はい、後で教えてくださいね。」
「待って!待って!ち、違うんだよー。」

まずいよ。このままじゃ変なゲームやってたって思われちゃう。
なんとしてでもその誤解を解かないと。

「そうだ、事務所のPCでも見れるはずだから動画見よう。」
「涼さんがゲームやるきっかけになった動画ですか?」
「そうそう。絵理ちゃんも一緒に、ね?」

絵理ちゃんがすごく悔しそうな顔してるけど、これでいいんだ。
僕の平穏はこれで守られたんだ。



「どう?」
「何してるかわからないですけど、すごそうです。」
「そうでしょ。僕もこれくらいできるようになりたいよ。」

愛ちゃんが少し興味持ってくれたみたい。

「あ、僕ちょっとお手洗い行ってくるね。」
「はーい。」

寝不足の僕は何も考えていなかった。
そして、戻ったとき想像していなかった悪夢が……

「涼さんのエッチー!」
「え?な、急にどうしたの愛ちゃん。」

絵理ちゃんがにやにやして……え!?
僕はPC画面に表示されていた、とあるゲームのホームページを見て青ざめた。

「ぎゃおおおおおん!ご、誤解だよー!」
「涼さん、こういうゲームやってるなんて!」
「ち、違うってばさっき見せたやつだよー。」
「それは絵理さんが似てるゲーム見せただけって!」

この日からしばらく愛ちゃんの僕を見る目が冷たかった。
絵理ちゃんの策略に見事はめられた僕は二度と寝不足にならないよう心に決めたのだった……
「みんな、今日は来てくれてありがとう。」
「「「千早ちゃーん!」」」

今日は私のライブの日。それもドームという大舞台での。
今日という日が来るまで私はどれだけ遠回りをしたのだろうか。



「どうですか。」
「千早は歌がすごく上手いんだね。でも……」

プロデューサーとの初めてのレッスン。
あの時はプロデューサーの言葉が理解できなかった。
歌が上手ければいい。歌声だけを聴いてもらえればいい。
そんな風に考えていた私には届かなかった。

「千早はどんな想いで歌っているのかな?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。」

そのままの意味といわれても、歌うことに夢中だった。
いえ、歌うことで忘れようとしていた。だから無心になろうとしていた。
私はその問いかけの答えを持っていなかった。

「これからは、歌だけじゃなくてそれ以外も頑張ろう。」
「歌以外に意味があるのですか?」
「あるよ。この世に意味のないものなんてないんだ。」

その日から歌以外のことも少しずつ努力していった。
プロデューサーから言われた言葉の意味を少しずつ理解していった。
そして、ある日気づいた。初めてプロデューサーに問われた言葉の意味を。



もう過去の私はいない。今日という日から新しい如月千早になるの。
ここにいるファンのために、この歌を聴いてくれる人のために。
そして、もういないあの子のために……
私の声(想い)を届けたい。