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日々とりどりのドロップを

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20日。

今日は本島から船で20分ほどの加計呂麻(かけろま)島へ。

ここは大戦中に陸海軍の要塞地として使われていた島。


加計呂麻に着くまで、小さな島が見えるのだけれど、

浜辺に大きな洞窟があちらこちらに見える。

「防空壕だったんですよ」と教えてくれた。


加計呂麻島は、作家 島尾敏雄が眠る島でもある。

彼は大戦中、海軍の特攻隊隊長で
(今となっては)幸いにも出陣することなく戦争が終わり、
当時の体験に基づいて作家になったらしい。

文学碑があるあたりを歩くと、
浜辺の穴蔵に戦闘船が入っている。
当時はこうやって船を隠し、戦に備えていたのだろう。

文学碑があるところは、見晴らしのよい、小高い丘になっている。
がじゅまるの樹と芝生。

文学碑からもうひとつ上にあがると、
彼とその妻、娘さんが眠る墓があった。
墓石と同じ方向を向くと、綺麗な海が見える。

ここからいつも、家族で大好きな奄美の海を観ているのだろう。




文学碑から南東へ車を走らせる。
高台にあるのは、安脚場(あんきゃば)戦跡公園。

大戦中に使用していた格納庫・砲台等が今でも残っている。

急勾配の細い道を無理矢理走って、
石造りの弾薬庫の横に車を停める。

じりじりと鳴く蝉の声にまじって、島唄がかすかに聴こえる。


戦跡公園、というくらいだから、
かつての格納庫などを、博物館のようにしているのかな、と思った。

島唄が大きくなってくる。
階段を上り、建物に入るとそこは当時のまま、廃墟とおなじ。

角を曲がると、
おじさんがひとり、テープに合わせて三線をつま弾いていた。
一緒に行った友達が、人懐こく話しかける。


「ここはね、若者の、夢の跡なんですよ」


その建物が、当時なんの為に使われていたのか
あたしは聞きそびれてしまったのだけれど、
おじさんのそのひとことに、なんだか胸が詰まる。

勝つと信じて疑わなかった戦時中。
ここで、陸海軍の若者達は、何を考え、何を夢観ていたのだろう。

廃墟の階段をのぼり、
窓なのか出口なのか解らないとこから外へ出る。

木々の隙間から拡がる海。遠くに本島が見える。

「建物の屋根から観ると、もっと絶景ですよ」と言われたけれど、
足も気持ちもすくんで動けなかった。


この海を観ながら、彼等はこころが休まったのだろうか。
それとも、戦の作戦を考えていたのだろうか。


ぼんやりと考えているうちに、三線の音がやんだ。
夢から醒めるかのように。


高台から観る海は、どこまでも続く水平線。
遠くのほうで空の水色と混じる。

空と海。



地上と天空。


うまく言えないんだけど、
こんな風に、
空と陸で離れているもの同士でも
それが錯覚だとしても、
混じり合ってひとつのもののように見えるように、
ひととひとも、解り合っていけたら。










この穏やかな景色のようなこころを、すべてのひとに。




奄美には、伝統工芸がある。

大島紬と、泥染め。




大島紬はとても高額。

着物は高い、というすり込みから、なんで高額になるのかなんて考えたこともなかった。



島に来て2日目。訪れたのは、大島紬村。

由来と、行程が見学出来るところ。





贅沢は敵だ、とばかりに、紬の着物を着ることを禁じた薩摩藩。

持っているだけでも罰せられたとか。



当時のひとたちは貴重な紬を土に埋めて隠した。


そこから生まれたのが、泥で染められた糸から織る、大島紬。(諸説あり)



たまたま多く自生していた 車輪梅から染料を取り、焦げ茶に染め上げ、

粘土のような泥で、黒く染める。



それを何度も何度も繰り返すと、漆黒に染まり上がる。





大島紬には模様がある。

マス目状に織られている模様。

あたしはそれを何本もの糸を使って織っていくんだと思ってた。

京都の友禅のように。




大島紬は、糸を模様順に染め上げる。



言葉で書くと簡単だけど、

何10メーターの白い絹糸に、木綿糸でガードをし、「染めるため」にまず糸を織る。


織り上がった生地を、先述した行程を繰り返して黒く染める。


そこから木綿糸をほついて、色を付けていく。



それから、生地を織っていく。




それを聞いたとき、鳥肌が立った。


なんて気が遠くなる作業なんだろう。



ましてや完全分業制で、

どこかの行程でミスったら、もうそれは生地にはならない。


ひとの手と、こころのこもった、伝統工芸。




こんな時間がかかること、今の世の中ではまかり通らないだろう。

今はとにかく短時間で全てを仕上げようと、そればっかりに目がいってる。



だからなのかは解らないけど

実際伝統工芸師の方々は、仕事に窮している。


紬の模様を図案に起こすのも、今となっては殆どPC(CAD)なのだそう。



便利になる世の中で、消えかかりそうなものもある。




だけど、

何かを生み出すのは、やっぱりひとの手で、それを繋いでいくのも、ひとなんだと思う。





こんな素晴らしいものを生み出したご先祖様がいるなんて、

島のひとたちはなんて幸せなんだろう。



それはあたしが余所者だからこそ、思うことなのかもしれない。





紬村を後にして、泥染の体験工房へ行った。

泥で染めるまでは出来なかったけれど、車輪梅を使って、

同じ行程を10回くらい繰り返して、黙々とエプロンを染めた。


同じことを繰り返すのは、何気に辛抱つよくないと出来ないこと。

それでも繰り返していくうちにコツが掴めてくる。


こつこつ、たんたん。





この素晴らしい伝統が、いつの世にも残っていきますよう、と

こころから願った2日目。



お盆があけても、混み合う空港を抜け、

小さな飛行機に乗り込む。


ハイビスカス模様のシート。懐かしい風景。


うつらうつらしていると、

「右側に富士山が見えます」とアナウンス。

白い雲の隙間からちょっこり見える山頂。


日本一の山頂よりも高い位置にいる。



徐々に高度が下がり、きれいな海がひろがり、ちいさな島が見えてくる。







6年ぶりの、奄美大島。


小さなロビー、売店、なにひとつ変わらない空港。


くっかる と名づけられた喫茶店で友人を待つ。


迎えに来てくれた友達の笑顔も、昔と変わらない。


あたたかな、ゆるい雰囲気。





車を走らせ、マテリヤの滝へ。

綺麗に舗装された階段を上り、原生林の中を歩く。


見たことのない、黒いトンボ。羽根だけが綺麗な青。

ゆっくりと飛ぶ、黒アゲハ。


深い緑のなかの、黒い昆虫。

見上げれば青い空。


このコントラストだけで、何かが満たされてゆく。



階段を上ったり降りたり、幾度か繰り返して、滝に到着。


曲がりくねりながら落ちる滝。

足元に広がる 澄んだ水色。


じりじりと照りつける太陽すら心地いい。



きしんでいたものが、ゆっくりとほぐれていく。


マテリヤの滝のあとは、金作原 原生林へ。


深い深い緑の中を進む、オレンジの車。

すれ違うことができないくらい、細い道。


分かれ道はなく、ただただ続く、長い長い一本道。


あなたの道はこれですよ、といわれているかのような、一本道。


きっと、あたしはそういう道が欲しいんだろう。



いつまでたっても出口が見えず、不安になってきた頃、市街をにおわす風景に変わる。



これでいいのか、とわからなくなっても、きちんと道は続いている。






市街へ降りたあと、大浜海岸で夕陽を拝む。

ゆっくりと沈む太陽を浴びながら、黄金色に染まる空を見る。



島から、ようこそ、と言われている気分だった。



島の自然を、

あるがままの姿を見つめさせてもらった、旅の初日。