今日は楽典授業、2年生副科試験、1年生副科試験、夜は名古屋音楽大学のレッスンと、あまり隙間のない1日だった。


楽典の授業は新しく編成されたクラスで、教会旋法を丁寧に扱った。


「イドフリミエ」と暗記することに着目されがちだが、教会旋法に至るまでの過程、音階の歴史、西洋音楽史の空白、日本史の空白、なぜ音階が上行形となったのかなどに触れながら、なるべく教会旋法が過去の遺物にならないよう努めた。


また混乱しがちな正格旋法と変格旋法の違いを、現代の曲の実例を用いながら理解する。


最終的には「イドフリミエ"ロ"」までを覚えてもらうのだが、覚えなければいけないことはそれなりに理由があるのだ。


歴史の年号(という言葉が正しいかわからないが)を覚えるだけでは全く意味がないが、歴史の理解が深まると年号を覚えることは大きく意味があるし、覚えた方が理解が早まる。

作曲家の生没年も然り。


今日の授業の最後は全員「イ」から「ロ」まで目を瞑ってちゃんと?答えることができた。


足し算を理解しない九九の暗記は空虚だ。