moon song
一音楽家として
一教師として
一夫として
一父として
一男として
一人間としての
日々の思考を綴ります。

  • 02Mar
    • 息子の名前

      息子は、星凪と書いて、せな、と命名された。妻が画数、響き、意味などあらゆる方面から研究し尽くしてくれ、この名前に行き着いたという感じだ。この名前を目にした時、僕はあの時見た熊野の夜空を思い出した。満点の星空、いや、すでにそれは宇宙だった。静かだけど、この地上全てを飲み込まんばかりの圧倒的な存在感。美しいという表現ではとても追いつかない、自然科学の神秘。あんな空のような男になってくれたらなと思うのは、少々強欲だろうか。宇宙の音楽『宇宙の音楽』古代ギリシアの時代、音楽はまだ数論、幾何学、天文学と共に知識と教養としての「四科」だった。このあたりの「宇宙の音楽」のお話は、音楽史を始めとする様々な本で出会…ameblo.jp

  • 01Mar
    • 卒業式の画像

      卒業式

      今日は卒業式だった。昨年、急な休校宣言が発令された翌日の卒業式は、挙行できたものの、全く音楽のない式だった。今年は、国歌演奏、校歌静聴はあった。なんだか屁理屈のようにも感じるが、音楽科の卒業生たちが歌った校歌を聴けただけでも、卒業式らしさは少し感じることができた。クラスの雰囲気からか、涙のない、笑いの絶えない最後かと思っていたが、クラスメイトがサプライズで作成した三年間を凝縮した動画視聴によりみんなの涙腺は決壊した。最後は涙の卒業式だったが、この大変な一年をことあるたびに知恵を絞って工夫し、後ろ向きになることなく、結果多くの場面で最高に仕立て上げたこのクラスは、本当に誇らしい。このクラスの担任をこの年にできたことは、僕にとっても大きな意味があった。また彼らと、いつか現場で会える日を楽しみにしながら、頑張っていきたい。

  • 28Feb
    • ライブプログラム

      3/20ライブのプログラム予定。●ストラヴィンスキー:ジェズアルドのための記念碑より●バッハ :パストラーレBWV590より●マルチェロ:オーボエ協奏曲●ハイドン:交響曲第45番より●シェーンベルク:夜想曲●大野理津:トランプ●ジェフスキー:パヌルジュの羊●江原大介:インフィニティオクテットのオリジナルは、邦人作品の2つのみ。大野さんのトランプは何年も前のナゴヤサックスフェスタ以来になる。レクチャーライブを冠しているので、もちろん音楽についての解説やちょっとした演奏が間に挟まれていく予定。タイトルは、ゴーギャンの名画にあやかり、The Lecture Live「音楽はどこからきたのか 音楽は何者か 音楽はどこへ行くのか」シリーズ1とした。ゴーギャンのタイトルは、我々を音楽に入れ替えるだけでまさに今自分が伝えたいことのタイトルと変貌した。シリーズにしたのは、考えていたら他のアプローチでもやりたいことが増えてきたからだ。新たに生まれたHYMN CHOIRのみんなと共に、今後も新たな世界をお届けできたらと今はワクワクしている。2時間で収めるつもりだが、どうなるかわからない。(僕は授業がよく伸びるダメな教師の典型)詳しい解説は、当日に譲ることにする。さて、明日は卒業式だ。

  • 27Feb
    • 命名

      ライブに出演してくれるオクテットを、HYMN CHOIRと名付けることにした。Hymnは讃美歌、Choirは聖歌隊なので、直訳すると讃美歌聖歌隊。ヒム・クワイアと発音し、その響きも気に入っているが、Hymnは Horie Yusuke Music Newsの頭文字になっている。でも、別にNewはNeoでもいいし、なんならMNはMonkasei to Nakamatachiでも構わない。とにかく大切な生徒たちを中心として、新たなことを発信していけたら、そして新たなサウンドを作って行けたらと心から願い、メラメラとしているのだ。ただ上手い人たちが集まっただけでは成立しない、絶対に真似のできないことができるはずだと信じている。時間と熟成というのは本当に大事な要素なのだ。

  • 26Feb
    • ライブゲストの画像

      ライブゲスト

      今回のライブには、2人のゲストが出演して下さる。ジャズサックス奏者のベテラン平井尚之さんと、現役高校生プレイヤーの鈴木真明地さんだ。平井さんとの付き合いもだいぶ長くなるが、20代の頃から本当にお世話になっている。2019年のリサイタルでは、ジャズスタイルで書かれているコッペルの協奏曲の演奏のため、思い切ってマウスピースを換えることを決意し、平井さんに時間を割いてもらい自分に何が合っているのかとことん付き合ってもらった。おかげさまでレイキーというマウスピースに出会い、求めていた音にかなり近いものが実現できたと思う。今回のお願いにも二つ返事でOKして下さった。そして鈴木さんは、実は明和高校音楽科の在校生なのだ。子供の頃からジャズに親しんできて、将来もその道で行くつもりながら、クラシックの勉強もしっかりしておきたいということで、明和高校音楽科に入学してきた。レッスンは毎回新鮮で、エチュードやクラシカルなレパートリーでは僕も偉そうに遠慮なく突っ込むが、ひとたびジャズテイストな作品になると、専ら鑑賞態勢にシフトせざるをえない。昨年末開催された定期演奏会では、R.R.ベネットの問題作、「スタン・ゲッツのための協奏曲」を快演した。その時の動画は一定期間配信もされたため、界隈ではやや話題となっていた人物だ。今回ある作品の再演にあたり、ジャズサクソフォン奏者が2人必要で、平井さんとの彼の存在以外考えられなかった。

  • 25Feb
    • ライブメンバーの画像

      ライブメンバー

      3月20日のライブのメンバーを公表した。Sop. 堀江裕介 蒙和雅Alt. 川合諒 井内貴仁Ten. 河合佑里奈 片田景子Bar. 大橋音子 白井沙実片田さん以外は、みんなどこかで一定期間教えていた生徒達だ。手を離れてから長いはずだが、昨年の門下発表会でエキシビジョンとしてこの中のメンバーとカルテットをやった時、なんとも言えない感覚に包まれた。もちろんみんな上手いのだが、うまさとは違う、ハモり方、フレージング、音色の溶け合い方などが、血、または遺伝子レベルでの調和を感じた。雲井先生と同じというには烏滸がましいが、先生が雲井カルテットを40歳過ぎまで結成しなかった(できなかった)のは、ここに理由があろう。もちろんそれは、僕の遺伝子をみんな受け継いでいるのだ!ということではなく、雲井先生からの遺伝子、ソロやアリオン、オーケストラなどでの短くはなくなってきた演奏キャリア、そしてさまざまな多くの生徒達との出会い、こんなことをレッスンの中で価値観として徐々に共有していくことができ、さらに手を離れてそれぞれの場所で必死に自分を磨き続けている人達だからこそ、そこで得た共通していない価値観すら化学反応のように表出した気がしている。つまり今回はオクテットで8人が集まってくれたが、僕にはもっとたくさんの頼もしい同志たちがいるのだということに改めて気づいた。もちろん賛同してくれればだが、雲井カルテットとも、ミベモルとも違う魅力をこれから彼らと発見できるような演奏活動ができたらこんな幸せなことはない。

  • 24Feb
    • ライブ決定

      急遽だが、3/20(土祝)にドルチェ楽器名古屋店アートホールNagoyaにて、ライブをすることに決定した。コンサートというより、ライブ、もう少し言えばレクチャーライブのような本番にしたい。サックス愛好家のみならず、多くの音楽を愛する方々に来て頂きたい。オクテット(八重奏)をベースに、メンバーは10代から30代の幅広い弟子達を中心とした仲間とお送りする予定。是非ご予定いただきたし!

  • 23Feb
    • 幼稚園発表会

      天皇誕生日の今日は、娘の幼稚園の生活発表会というものが開催された。近くの市民センターのホールで、各家族2名まで鑑賞を許された。娘の晴れ舞台、なんとしても行きたかったが、生まれたばかりの息子がいることと、このために少し早く退院してきた妻の気持ちを尊重し、涙を飲んで留守番を決め込んだ。そういえば生まれたばかりの娘と2人きりで過ごしたことはなかった。オムツを替えたことも数度しかないままオムツが取れた。お風呂に初めて入れたのは1歳4ヶ月になろうとする頃だった。(この話をすると大抵の親にはドン引きされる)そんな娘がステージに立ってカスタネットを叩いていることを想像しながら、息子のオムツを4回替え、泣いたら抱っこしながら、妻と娘の帰りを待った。帰ってきた妻に今日の動画を見せてもらったが、想像よりも多くの園児がステージに並び、マスクなどせずに大声で歌い、身体中で音楽を表現していた。天晴れ。感涙。

  • 22Feb
    • フリーペーパー表紙にの画像

      フリーペーパー表紙に

      どこでどのように手に入るものなのか全くわからないのだが、同僚のピアノ教諭から、その先生の娘さんが通う幼稚園に置いてあったとメールをいただいた。妻と娘。僕としてはよく見る光景なのだが、フリーペーパーの表紙になっているのは不思議な感じだ。妻もまだ現物は持っていないという。

  • 21Feb
    • おねえさんになるひの画像

      おねえさんになるひ

      妻と息子が退院してきてくれた。娘は早速弟の面倒を見ようとしている。堀江家の新たな日常が始まった。旦那さんの仕事の都合でベルギーにいる義理の妹から、長女にプレゼントが届いた。2人きりの最後の夜に読み聞かせていたら、途中で涙が溢れて読めなくなった。

  • 20Feb
    • 潤滑油

      娘を義母に預かっていただき自分の仕事をさせてもらったが、娘が近くにいないということに急な焦燥感が押し寄せた。バスと電車に乗るのは少し久々に感じたが、なんだか数日前とは見える光景が違うように感じるのはもちろん気のせいだろうが、そうとも言い切れまい。指の練習をやりすぎて逆に不安定な演奏になるというのは、たまに見る現象だ。真面目に練習しているのに、なかなか安定して聴こえない。ただの機械的な練習というのは、錆びつくのも早い。そこには、「理解」という油が必要となる。「理解」とは、例えばその音符たちを階名でテンポ通り言える、何調の音階で書かれているか知っている(または旋法)、どんな和音のアルペジオがベースになっているか知っている、どこからどこまでがひとフレーズなのか知っている、などが挙げられよう。その「理解」はあればあるほど、脳と指(運動神経か?)の潤滑油となって、練習したことがずっと安定的に機能し続けるように感じる。きっとアレクサンダーテクニークのような体の理論を学べばもう少し理屈っぽく語れるのだろうが、時には例え話の方が心に残ることもあろう。と、言い訳。

  • 19Feb
    • 娘との時間

      たぶん、1日娘と2人の時間を過ごしたのは初めてだと思う。昨夜から、ここには書ききれない人間ドラマの中にいる気がする。一つ確かなのは、娘にとっては、母がいない喪失感と戦わなければならない数日間だということだ。この数日での微妙な心理変化を共にしながら、今更ながら改めて自分も父親としての自覚や責任感のようなものが湧き上がり、一層娘のことを愛おしく感じている。しかしながら自分はなんと頼りない父親なのだと痛感させられてもいる。僕にとってはそのたった数日のことでも、娘にとっては一年にも感じるくらい長い時間であることだろう。もしかしたらこの期間が、娘にとってはとても大きな意味を持つのかもしれないとすら思わされるくらいの変化を感じることがある。残りの時間を何よりも大切にしながら、妻と息子の帰還を心待ちにしたい。

  • 18Feb
    • 家族

      長男が生まれ、娘と2人きりの生活になった。とは言っても、近くに住む義母に何から何まで助けてもらい、僕がしていることなど僅かなことなのだが、その僅かなことが初めてなことばかりで緊張感が絶えない。娘にとっても母親と離れて暮らす初体験。お互い初めて同士な上に、やはり娘にとって弟が生まれるというのは、まだまだ心では理解できなく、精神的に疲れているように見える。家族が増えるというのは、日常の延長線上にあることではなく、家族の時間軸を大きく変化させる。今日は風邪気味の娘につきっきりの夜になりそうだ。

  • 17Feb
    • 第二子誕生の画像

      第二子誕生

      三年生が自由登校となり、出産予定日となる朝から陣痛の予兆が始まり、日にちを跨ぐくらいに産院に移動。到着から2時間足らずで出産してくれた。ただ決して楽なものではなく、前回の長女の時を思い出す壮絶な時間だった。やはり顔を見られた瞬間は言葉にならない感動があった。元気な男の子。妻には心からお礼を言いたい。しばらくは娘の幼稚園の送り迎えを含めた主夫業が本職になる。

  • 16Feb
    • 生みの苦しみの画像

      生みの苦しみ

      3年生がいなくなり、朝教室に行かない不思議な時間がやってきた。みんな今必死で頑張っている。僕も学校から祈りながら、自分がやることをしっかりと頑張ろう。卒業式に先立って、色紙をいただいてしまった。もちろんとても嬉しいが、とても寂しい気持ちにもなった。そして今日は1、2年生の後期副科試験が行われた。僕は毎回、管弦打楽器、そして作曲の審査を行なっている。高校に入って初めて触っているはずのフルートやヴァイオリンを、1年生もだんだん自分の楽器のようにしなやかに扱い始めている。ちゃんと音楽が出てきているのだ。そして作曲は今回も大曲名曲が目白押しで、たっぷり1時間半、立派な新曲作品発表会を堪能した気分だ。生みの苦しみというのは絶対あるだろうに、みんなよくこんな素敵な曲たちを書けるものだと感服している。ちなみに我が家も今日は第二子の出産予定日となっている。

  • 15Feb
    • 予餞会

      3年生最後の登校日。あとは卒業式を残すのみ。例年この日は予餞会が催され、先生企画なるものもあり、大盛り上がりとなる。しかしこの時世はそういうことを許さない。3年生は教室に待機し、放送で各教員からの激励を受け、生徒会が作成した動画をプロジェクターを使って鑑賞する。無味乾燥な会になるかと思ったが、それなりに盛り上がっていた。動画だと、ライブ特有のマイクトラブルなどはない。先生企画というのも毎年突貫工事なので、大体何かトラブルが起き、グダグダになることは茶飯事だ。今年は学年主任が今年の大ヒット曲を替え歌にして歌い、様々な教員がそこに映像で重なっていくような演出。明和高校生徒でなくては全く面白くないだろうが、在校生としては楽しめるものだったのではないだろうか。放送による教員からのメッセージではもちろん僕も話したのだが、ちょっとした自慢話から愛のメッセージへ変遷していく過程で、自慢話を終えたところでチャイムが鳴り、愛のメッセージはほとんど聞こえなかったということだ。なんてこった。ただの自慢話をしちまった。明日から寂しくなるな。

  • 14Feb
    • 本選審査会終了の画像

      本選審査会終了

      第7回ナゴヤサクソフォンコンクール本選が無事終了した。結果はホームページに掲載されている。ナゴヤサクソフォンコンクール第7回ナゴヤサクソフォンコンクールNEWwww.nagoyasax.com中学生、高校生、アマチュア、若手演奏家、アンサンブル、どれも熱い演奏が繰り広げられた。毎年こんなことを言っているが、毎年輪をかけて熱くなっている気がする。普段はオケマンとして仕事をすることが多い特別審査員の方々の審査員控室での何気ない一言が、サックス界をグサリと刺すメスになることがこのコンクールではよくある。第一回の時、元名フィル首席トロンボーン奏者の藤澤伸行先生が特別審査員として来てくださり、全てを聴いた後で、「サックスは本当にレベルが高い!でも二度は聴きたくないな。」と仰ったのが今でも心の中にしっかりと刺さり、自分の糧となっている。サクソフォンという楽器を常にクラシック音楽の中のスタンダードな耳で聴き、成長させていけるようにこれからも模索していきたい。出場者の皆様は本当に文字通り命がけで準備をしてステージに立っていた人ばかりのはずだ。偉そうだが一人一人を労い、感謝を伝えたい気持ちだ。「全員素晴らしい!」というのも、審査員控室の全会一致意見であった。

  • 13Feb
    • 引き出しの中のエディット・ピアフの画像

      引き出しの中のエディット・ピアフ

      べダールという人が作った、「ファンタジー」という曲がある。B♭管のソプラノサックス又はテナーサックスとピアノのために書かれた小品。中高生のソロコンテストなどで、上級者が選択する曲としても人気だ。急、緩、急とお約束の構成で、中間部にはメランコリックと指定される甘いメロディが挟まれる。このメランコリックなメロディは、どう聴いてもフレンチポップス、シャンソンなのだ。エディット・ピアフの歌声が聴こえてくる。今日レッスンしていた高校生達はもちろんシャンソンもピアフも知らない。なので、休憩の時にピアフの「愛の讃歌」や「枯葉」をYouTubeで聴いてもらった。休憩を終えて演奏に戻ってもらうと、まるで音も表現も変化している。引き出しの中にシャンソンが保存された瞬間だった。ありがとうマドモワゼル。

  • 12Feb
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      ウルドゥ語と翻訳アプリ

      最近のスマホの翻訳アプリの威力は凄い。英語でもなんでも、スマホにかざせば勝手に翻訳をしてくれる。単純な英語なら本当にそれだけで十分事足りるのだ。最近学級日誌がウルドゥ語で書かれて来る。なんと書いてあるか皆目見当つかないが、なんとその翻訳アプリはウルドゥ語にも対応している……はずなのだが、やはり見様見真似のウルドゥ語は読み取ってもらえないのか、はたまたアプリの力量不足なのかは定かではないが、とりあえずなんと伝えたかったのかは結局わからない。順番に全ての髪の毛で学ぶ、とは…。哲学かもしれない。

  • 11Feb
    • 祝日の朝の画像

      祝日の朝

      祝日。普段は休みなど関係なく朝から予定が詰まっていることが多いが、さすがに最近は妻と第二子のことを考え、セーブしている。今日午前中はオフだったので、少し遅く起きようと思っていたら、娘に8時過ぎに起こされた。娘は昨日早く寝ていたので元気だ。背中に乗ってきたり無理矢理起き上がらせられたりもみくちゃだったが、この上なく楽しい時間だった。普段朝起きている娘の顔を見ることはほとんどないので、貴重だった。娘は夜も僕の布団に一緒に入ってくれることはほとんどなく、寝る時は絶対に妻の布団なのだが、朝は特別にサービスしてくれたようだ。