体育祭が先日終わり、今日から文化祭が始まった。
どのクラスも1、2年生は教室でホームルームの企画、3年生は体育館で劇企画に臨む。
しかしながら音楽科3年生が劇企画に参加するのは7年ぶり。
その7年前は僕が3年生を担任していた。
その時の思い出は鮮明で、今も何時間も語れる。
今年は1年生を担任しているので、ホームルーム企画の進捗状況を眺めながら、陰ながら応援してきた。
3年ぶりに一般客開放となった初日の今日は、なんと700人を超えるお客様が音楽科1年生の企画を訪れてくれたらしく、なんとも嬉しい。
評判も上々で、3日間でさらに少しずつブラッシュアップされてより良い企画へと磨かれればと願う。
そして劇企画に参戦した音楽科3年生。
開演前には体育館の前に長蛇の列ができていて、注目されているのが窺えた。
このクラスは昨年度、2年生の時に担任していて、どのような過程で劇企画への参加を決め、どう進めてきたのかをつぶさに見ていた。
もちろんこういうことは順風満帆にいくことはまずない。
高め合うこともあれば、ぶつかり、削り合い、全員が消耗しながら、一歩ずつ進んだり後退したりを繰り返しながら日々を送る。
どっちが進むべき道なのかわからなくなることもある。
ただ今日は着々と迫ってくる。
この有限の時間が辛く厳しく、尊くもある。
無限の時間があっても良いものはできない。
もう少し時間があれば、今日でなくて明日なら、もっと考えたり話し合ったりする時間があれば、誰もがそう思うかもしれないが、今日にしか生まれないから尊い。
もしかしたら昨日まで手を繋ぎながら、最後に手を繋ぐことができなかった仲間がいたかもしれないが、それでもその仲間がいなければ今日はない。
ステージを見ながら早々に涙が流れる。
愛する生徒たちが作り上げた劇、ミュージカルの質の高さに対する単純な感動ではない。
あの人たちなら良いものができることは最初からわかっていた。
それよりここまでの過程において、多くの、そして大きく動いてきた彼ら彼女たちの様々な感性と心たちが自分の心と大きく共振した気がして無条件に涙が流れたように感じる。
3年生になってからは本当に何もできなかった。
むしろそこにもどかしさと悔しさを感じて動いたことで、結果的に足を引っ張ったことさえある。
僕も心を大きく動かされ、悶えた半年だった。
この心の動きが、きっとこの先僕も含めて、一人一人の心をそれぞれに大きく育てていくのだと思う。
音楽科3年生全員に深く感謝している。