少年時代、黛敏郎氏の涅槃交響曲をテレビ「題名のない音楽会」で聴いた時の衝撃は今でも覚えている。

なんだこの音は。

和音でもメロディでもない、この音の集合はなんなのか。

子供ながらに尋常ではない迫力に呆然とテレビにかじりついていた。

父が、梵鐘の音を解析して全ての音をオーケストラで再現しているのだと教えてくれたが、なんのこっちゃまったくわからない。

これが僕と「倍音」らしき存在との最初の出会いかもしれない。


同じような現象として、ピアノの低い音域の音を鳴らすと、その音以外に部屋に幾つかの音が響く。

倍音である。


容易に可聴なのは、第3、第5倍音あたりで、今まで試してきた数百人について、聴こえなかった生徒は1人もいない。

難解なのは第7、第9、第11倍音あたり。

生徒ももちろん、今まで僕自身もちゃんと聴こえていなかった。

しかし、前述のトレバー・ワイの教本の中でこの倍音を聴く記述があり、その方法通り試したら、なんと全て聴こえたのだ。

レッスンで試したら、その生徒も聴こえたという。

何度も倍音を聴いたあと、低音Cの音をペダルを踏んで一音フォルテで鳴らした時、我々の耳に飛び込んできたのは、まるでパイプオルガンでたくさんの音を一度に押さえたような、神々しい響きだった。

生徒の目も大きく見開く。

その後2人で簡単なデュエットを試みると、ハモるということが何なのかがわかる奇跡が何度も訪れる。

「耳が開いた」瞬間である。


以前ある数学教師に、倍音の話をしたことがある。

「一つの音にたくさんの音がある?一音ってただの12平方根でしょ?」

話題を変えた。