いつの時代も「要領の良くない人」というのはいるが、その原因の一つにメールがコミュニケーションツールとして便利になりすぎたから、というのがあるんじゃないかと思う。
これは正直、僕がメール嫌いだから感じている偏見も含まれているのかもしれない。
以前、大学の友人と学食で食事する為に待ち合わせをしていた時の話。僕は予定時間より前に着いたので確認の意味で友人に「今日、飯食うやろ?」とメールを送った。その友人とは普段から一緒に飯を食う事が多かったので、友人も確認するまでもなく理解できていたはずである。それに対しての友人からの返信はこうだ。「ごめん、さっき起きた」。いや待てと。知らんがなと。
早く結論を言え!!そもそもこっちが訊きたいのは、お前が来れんのか来られへんのかっていうことやと。こっちはお前の言う「さっき」がいつなのかも知らないし、知ってもどうにもならないことだ。さっき起きたにしても既に家を出ていたとしたら十分に間に合うかもしれないし、起きた時点で「今日はやめておこう」と思ってゆっくり準備している最中かもしれない。僕は別に「どうしても一緒じゃないとイヤ!」なんて面倒くさい彼女みたいな怒り方をするつもりは全くない。
僕が引っかかったのはそこではない。そっちの如何なる理由があるのか知りたいんじゃなくて、とりあえず「今日来れるのか来れないか」という結論を早く言って欲しいだけなのだ。いや、友人の考えもよく分かる。寝坊した後ろめたさというのがあって、僕がもしかしたら怒るかもしれない。まずは自分の今の状況を伝えないと、といったところだろう。ただ、こっちからすれば、友人が来れないと分かったならば当然待つ必要がなくなるので、今すぐ飯が食えるし、移動もできるのだ。友人は自分を保身する為の「言い訳」を優先したせいで、逆に僕の怒りを買ってしまったという話。(これってある意味、囚人のジレンマと言えるのかな?)
メールは気軽で確かに便利だ。それは確かに認めよう。でも便利ツールだからといって何通りもの解釈ができるような内容のメールを送ってくるヤツが多すぎる!それダメ、ゼッタイ!!
ちなみに上の話に登場した友人には、要領悪いエピソードが腐るほどあるので、また小出しにして話したいと思う。それでも彼が僕の「友人」であり続けるのは、それを補って余るほどに彼が「良いヤツ」だからですよ!うん。