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私とセバスチャンの大切な友、
裕次郎さんが新しくblogを立ち上げたことを記念して(笑)
今日は少し昔のことに触れたいと思います。
裕次郎さんとの出会いは今から10年以上前になります。
2歳の頃、セバスチャンは発達の遅れを保健所から指摘され、
「精神薄弱児通所施設」(現知的障害児通所施設)
に1年間通所していたのですが、当時の「療育」に
色々と疑問をもった私は思い切って保育所へ通所させてみる
ことにしました。
その時に同じクラスだったのが裕次郎さんです。

当時は、セバスチャンが「自閉症」だと診断された
ばかりで、私自身もその障がいがいったいどういうもの
なのかを理解できない中での不安いっぱいの入所でした。
入園式ですでにパニックを起こしていたので周囲に説明が
必要だと思い、勇気を振り絞って同じクラスのお母さんに
「自閉症」の説明をしました。
泣きながら説明したのを昨日のことのように覚えています。

その説明をした後に声をかけてくれたのが裕次郎さんの
お母さんです。
「うちの子も発達に遅れがあるって言われて施設を
勧められてたんやけど、行かずに保育所にしたんよ。
今年で2年目やから結構なれたけどね。」
そうそう、あともう一人いました。
S君のお母さんです。やはり、S君も少し言葉に遅れが
あったようで
「うちも似たところあるよ。」
そんな風に気さくに声をかけてくれました。

セバスチャン、裕次郎さん、そしてS君は
「ちょっと他の子どもと違う子」だったのです。
裕次郎さんはスローで、言葉の意味が一度では理解できない
ことがあります。忘れ物や勘違いも時々あります。
「なんで?」という疑問符がトレードマークです。
(正にアインシュタインタイプ!!)

S君は気が短く、落ち着きがありません。
癇癪を起こすことも度々で、お母さんがなだめるのに
苦労していました。(今は本当に落ち着きましたね。)
診断は受けていませんがADHDを疑っていました。

この「愉快な子ども達」の親がその後長きにわたり
飲み友達となり、色々な場所にみんなで遊びに行きました。
保育所で過ごした3年間は本当に実り多かったですね。
裕次郎さんはそういう意味ではセバスチャンの幼なじみの
ようなものですね。

今のセバスチャンは、裕次郎さん親子、そしてS君親子、
美人親子のMちゃん達が保育所の頃に一緒に過ごしてくれた
からこそ成長したのだと思います。
「遊び」の中で、とても多くのことを私もセバスチャンも
教えてもらいました。
本人も言ってますよ。
「僕は昔、本当によくパニックを起こしていたよね。
 あの頃はわからないことが多かったんだよ。
 裕次郎さんにはずいぶんと迷惑をかけたなぁ。」

裕次郎さん、今、セバスチャンも裕次郎さんと同じ悩みを
もっています。
中学校の勉強は難しいですよね。
周りよりも「わからない」ということに気付いてしまった
セバスチャンは本当に悩み、苦しんでいます。

でも、でもね。
そこにいる「友達」は今、その場所にいるんですよね。
その時代は過ぎたら返ってこないんですよね。
裕次郎さんのお母さんも、にいさんもわかっています。
あなた達がしんどい思いをしていることを誰よりも
わかっています。

いつも応援しているから、自分の道は自分で切り開いて下さい。
援護射撃だったら、にいさんも、裕次郎さんのお母さんも得意ですからね。

まぁ、ぼちぼちいきましょう。

セバスチャンと二人で車に乗っていたら、突然
「お母さん、ありがとう。」
ん??これは何の「ありがとう」や??
あっ、わかった!!

「セバスチャン、あんたもしかしてマンションの駐車場に
 車を停める前に『ありがとう』って言っといて、
 チェーン外しを免除してもらおうって魂胆とちがう?」
「そう。あたり~~。」
これも知恵のひとつですね。我が家は一旦車を降りて駐車場のチェーンを外さないと車を停められません。これもセバスチャンの仕事なのですが、車の中で夢中になって図鑑を読んでいた彼は、「免除される方法は先にお礼を言っておけばいいんじゃないか?」と、思ったようです。こういうずる賢さを垣間見た時に変な話ですが小さな感動を覚えます。今回の「ありがとう」は少々打算的なものですが、セバスチャンの生活の中に、「ありがとう」は一日に何回も登場します。何か物を取って彼に渡すと「ありがとう」戸を閉めても「ありがとう」つまり、彼に関わる何かをした時は必ず「ありがとう」を言うのです。しかも、その言葉の前に必ずつくのが名詞です。「お母さん、ありがとう。」「おばあちゃん、ありがとう。」などです。何度聞いても気持ちがいいですね。この他にも「おはよう」「おやすみ」「いってきます」「ただいま」など、日常生活で使う挨拶は絶対に言います。学校がいやだと、毎日何やかんやという言う彼ですが、毎朝必ず「いってきます」をきっちり言います。そして、その言葉を言った後は何か吹っ切れたように清々しく歩いて行くのです。毎日彼の挨拶を聞いている近所のおばさんは彼の「いってきます」で「おっ、もうこんな時間か。」と、時計代わり使っているとか。(笑)小学校5年生の時、クラスの女の子が書いた作文にもこの話と関係することが書かれていました。たしか、タイトルは「パニックになっても」だったと思います。『セバスチャンはよくパニックを起こすけど、理由は わかっているし、それにおちついたらかならず 「さっきはパニックをおこしてごめんね。」ってあやまって くれるからえらいと思います。ほかの男子はぜったいに あやまりません。』こんな内容でした。今の中学校の先生にも「挨拶が素晴らしい」と言われています。そういうセバスチャンに、心からありがとう。
セバスチャンはアトピーです。
この季節になると顔と手にたくさん湿疹が!!
そういうわけで二人でかかりつけの皮膚科へ行ってきました。

セバスチャンは本が好き、テレビが好きな男です。
彼と会話をしようと思ったらその隙をねらうのが
一番長く会話が続き、かつ面白いと確信している母は
移動中の車内で今日の出来事を聞きました。
「セバスチャン、今日って*教育相談の日やったんとちがう?」
*教育相談・・・定期的に行われる個人懇談のようなもの。
        親抜きで色々なことを話し合っている。「うん。今日は退学について相談してきたよ。」「おっ、セバスチャンもいよいよ退学を決意したのか~。」「でも、K先生から『そんなもんあかんわ。』って言われた。」「ほう。で、セバスチャンはどう反撃したんや?」「いやぁ、退学したい理由が説明できなくてさ。反撃はできな かったんだよ。」「ふ~ん。で、話し合いの結果はどうなったの?」「結局退学はしない方向に決まったよ。」「それでいいのん?」「今はいちおうそれでいいよ。だってK先生は体育の先生だからね。 体育の先生は恐いんだよ。でも、本当はあきらめていないんだ。」「ほう。じゃぁ先生が変わったらまた訴えていくってこと?」「う~~ん、そうだねぇ。Y先生やN先生は男の先生だけど やさしいんだよ。あと~、家庭科のS先生もいいな。 国語のK先生の授業も一度受けてみたいなぁ。」「N先生って数学の先生やん。セバスチャンは数学の時間はクラスに いてないのに、なんでN先生と仲いいの?」「休み時間とかさ、結構話すんだよ。」「そしたら苦手な先生は?」「苦手ではないけど理科のM先生には実験で迷惑をかけている。  僕の質問攻めで先生も時々困っている。」(笑!!)「ふむ。よく理解してるんやなぁ。で、今の国語のK先生は? いつも家で物真似してるやん。」「あ~、K先生ね。声が大きくてよく生徒達を注意するんだよ。 で、宿題も多いから少し苦手かなぁ?」「ふ~ん。私は体育のK先生も、国語のK先生も好きやなぁ。」「どうして?」「だってK先生のお陰で国語が得意になったやん。さらに体育の K先生のお陰で腕立て、腹筋、スクワットができるようになって おまけにスポーツ大会はセバスチャンも参加しながら全て優勝 するという偉業を成し遂げてるやんか。」「たしかに・・・。でもこの二人はとにかく声が大きいんだ。」(笑!!)セバスチャンは先生達と仲がいいらしいということが今日の会話で改めて分かりました。注意)普段はこんなに喋りません。タイミングとネタが合えば   こういった面白いやりとりができます。   セバスチャンだから、障がいがほとんどないから、   流暢に話すのだと思う人もいるでしょうが、実は結構   「話し言葉」が苦手とされる重度の知的障がいをもつ人も、   もっと言えば「無語」と思われている人もよく話します。     (言葉ではなく、アイコンタクトで会話する人もいます。)   要は「振られたネタに興味があるかないか?」   「キャッチボールしやすい言葉をかけているか?」   なのだと思います。   これは会話をする上での基本ですよね。