最近のセバスチャンは毎週スイミングに行くことが日課と
なりました。
彼がレッスンを受けている時間帯は3クラスに分かれて指導を
受けています。
まだ級のないセバスチャンは初心者クラスで基礎から
教わっていました。
ガラス越しに泳ぐ彼は真剣そのもので、ふざける様子もなく
ただただ先生の指導に沿って泳いでいました。
彼の中では「体験教室」と「クラスに正式に入る」ことは
意味が違うようです。
明らかに授業を受ける態度が違っていました。
曜日と時間が決まっていて、しかも継続的に指導を受けると
いうことは、彼にとってはクラブ部活動と同じような
意味合いがあるのかもしれません。
自由時間になると他の子ども達は女性の先生にまとわりついて
はしゃいでいます。
まとわりつく子ども達をプールに軽々と放り投げる先生。
彼は先生よりも大きく、放り投げるのは無理です。
そういうことが分からず
「僕もお願いします。」
と頼んだセバスチャン・・・。
先生に
「無理よ~。」
と、断られて諦めました。
(中学生にもなると、女性との距離のとり方も具体的に
伝えないと、こういうことが起きてしまいます。)
今日の自由時間はそういった《経験》(「失敗ではない」と伝えています)
から学び、小さい子ども達が先生とはしゃぐ姿を横目に
一人で潜水をして満喫していました。
本当に楽しそうでした。
水が好きなんだなぁ。
セバスチャンは出来ることと出来ないことの差がかなり激しいタイプの子どもです。内面的な面で言えば、「理解できること」と「理解できないこと」の差も激しいのです。まず、数字理解が困難です。今でも3桁を超えた数字は読み間違えます。足し算、引き算は小学校2年生レベルで止まっています。(計算機の使い方を覚えれば生きていけますが。)しかし、年表は大好きです。漢字は同学年レベルで理解しています。本もスラスラと読みます。ただ、文法が分かりません。英語はヒアリングはできますが、やはり文法が分かりません。要するに「質問(出題)内容が分からない」のです。こういう実力にも関わらず「宿題は全てやる。」と言うのです。理由は簡単です。「プリントに書かれていたから。みんなと同じようにする。」小学校の頃はここまで「同じ」にしようとはしませんでした。もっとゴマメだったのです。障害受容をすればするほど、人との違いに気付けば気付くほど、彼は「みんなと同じ」という言葉に強く反応するようになりました。その一方で自分の頭の中の年表をめくる日がどんどん増えてきました。つまり、過去を振り返り何度も何度もその出来事を繰り返し話すという行為が増えてきたのです。セバスチャンが小学校2年生の時にお世話になっている療育機関の医師から「小学校4~5年生ぐらいになったら療育手帳の等級が 重くなると思います。」と、宣告されました。しかし・・・。4年生の時に再判定で軽度の診断が下りました。本当に軽度であるならば納得しますが、当時の彼は生活面を見れば、軽度であるとはとても思えなかったのでワーカーに質問をしました。「どうして息子は軽度の判定が下りたのですか? K式の検査は何度も受けたことがあるので受けたことのない WISC-Ⅲであれば本当の判定が下りると思うとお伝えした はずなのですが。」やはり受けた検査は彼が最も手慣れたK式でした。ワーカーはこう答えました。「お母さん、生活面で大変であるということはよく 理解しましたが、現在息子さんはパニックも減っていて テストの成績もよかったのです。 何より、しっかりとお話できますからね。」パニックが減ったのは周囲にも自閉症であることを伝え、見通しがもてる生活を心がけ、彼が混乱しないように出来る限りの配慮をしたその結果なのです。IQ69過去の数値です。正にボーダーな数字です。そして・・・長らく利用していなかった療育手帳をつい先日更新するために手続きをしてきました。療育手帳が取れないことも想定しなければなりません。もしも手帳が取れなかったら・・・。よーーく知っています。これでも一応福祉職ですからね。寄り添い、共に育んできた中での成長は逆に彼の支援を減らしてしまう結果となってしまうのかもしれません。(発達障害者支援法が施行されたのでそうとは言い切れませんが・・)精神障害者の就労支援を進めている、ある機関の施設長とお話した時に言われた言葉です。「にいさんとこの子どもは精神(つまり精神障がい)に移行する 可能性が高いなぁ。」私もそう感じています。養護学校に行っても、このまま普通中学にいても、大人になった時に避けられないかもしれません。止められないかもしれません。そういう人を見てきました。支援もしてきました。1年の半分近くを数箇所の精神病院通いに費やした時期もありました。そうこうしているうちに、いつの間にか私にとっては精神障がいも知的障がいも身体障がいも健常も「関係あらへん。何でもありや。」という結論に至っていました。「僕は人造人間になりたい。」彼が言ったこの言葉と、この本を思い出しました。
アルジャーノンに花束を
つらいなぁ、セバスチャン。わかるけどな、しゃぁないねん。四の五の言わずに身体を動かそう。そして、いっこずつ、進めていこう。時には戻ったってええんやで。(戻るのきらいやろうけど)休んだってええんやで。(休むのきらいやろうけど)大丈夫。(ほんまかいな)スイミングスクールでは、始めと終わりに必ず挨拶をします。誰よりも大きな声でしっかりと挨拶をし、深々と頭を下げる彼を見て「ええ男やなぁ。」そう思った母でした。明日は登校日です。頑張って仕上げた国語の宿題を誇らしげに見せてくれました。びみょーなセバスチャン君。これからも見守ってますよ。
なりました。
彼がレッスンを受けている時間帯は3クラスに分かれて指導を
受けています。
まだ級のないセバスチャンは初心者クラスで基礎から
教わっていました。
ガラス越しに泳ぐ彼は真剣そのもので、ふざける様子もなく
ただただ先生の指導に沿って泳いでいました。
彼の中では「体験教室」と「クラスに正式に入る」ことは
意味が違うようです。
明らかに授業を受ける態度が違っていました。
曜日と時間が決まっていて、しかも継続的に指導を受けると
いうことは、彼にとってはクラブ部活動と同じような
意味合いがあるのかもしれません。
自由時間になると他の子ども達は女性の先生にまとわりついて
はしゃいでいます。
まとわりつく子ども達をプールに軽々と放り投げる先生。
彼は先生よりも大きく、放り投げるのは無理です。
そういうことが分からず
「僕もお願いします。」
と頼んだセバスチャン・・・。
先生に
「無理よ~。」
と、断られて諦めました。
(中学生にもなると、女性との距離のとり方も具体的に
伝えないと、こういうことが起きてしまいます。)
今日の自由時間はそういった《経験》(「失敗ではない」と伝えています)
から学び、小さい子ども達が先生とはしゃぐ姿を横目に
一人で潜水をして満喫していました。
本当に楽しそうでした。
水が好きなんだなぁ。
セバスチャンは出来ることと出来ないことの差がかなり激しいタイプの子どもです。内面的な面で言えば、「理解できること」と「理解できないこと」の差も激しいのです。まず、数字理解が困難です。今でも3桁を超えた数字は読み間違えます。足し算、引き算は小学校2年生レベルで止まっています。(計算機の使い方を覚えれば生きていけますが。)しかし、年表は大好きです。漢字は同学年レベルで理解しています。本もスラスラと読みます。ただ、文法が分かりません。英語はヒアリングはできますが、やはり文法が分かりません。要するに「質問(出題)内容が分からない」のです。こういう実力にも関わらず「宿題は全てやる。」と言うのです。理由は簡単です。「プリントに書かれていたから。みんなと同じようにする。」小学校の頃はここまで「同じ」にしようとはしませんでした。もっとゴマメだったのです。障害受容をすればするほど、人との違いに気付けば気付くほど、彼は「みんなと同じ」という言葉に強く反応するようになりました。その一方で自分の頭の中の年表をめくる日がどんどん増えてきました。つまり、過去を振り返り何度も何度もその出来事を繰り返し話すという行為が増えてきたのです。セバスチャンが小学校2年生の時にお世話になっている療育機関の医師から「小学校4~5年生ぐらいになったら療育手帳の等級が 重くなると思います。」と、宣告されました。しかし・・・。4年生の時に再判定で軽度の診断が下りました。本当に軽度であるならば納得しますが、当時の彼は生活面を見れば、軽度であるとはとても思えなかったのでワーカーに質問をしました。「どうして息子は軽度の判定が下りたのですか? K式の検査は何度も受けたことがあるので受けたことのない WISC-Ⅲであれば本当の判定が下りると思うとお伝えした はずなのですが。」やはり受けた検査は彼が最も手慣れたK式でした。ワーカーはこう答えました。「お母さん、生活面で大変であるということはよく 理解しましたが、現在息子さんはパニックも減っていて テストの成績もよかったのです。 何より、しっかりとお話できますからね。」パニックが減ったのは周囲にも自閉症であることを伝え、見通しがもてる生活を心がけ、彼が混乱しないように出来る限りの配慮をしたその結果なのです。IQ69過去の数値です。正にボーダーな数字です。そして・・・長らく利用していなかった療育手帳をつい先日更新するために手続きをしてきました。療育手帳が取れないことも想定しなければなりません。もしも手帳が取れなかったら・・・。よーーく知っています。これでも一応福祉職ですからね。寄り添い、共に育んできた中での成長は逆に彼の支援を減らしてしまう結果となってしまうのかもしれません。(発達障害者支援法が施行されたのでそうとは言い切れませんが・・)精神障害者の就労支援を進めている、ある機関の施設長とお話した時に言われた言葉です。「にいさんとこの子どもは精神(つまり精神障がい)に移行する 可能性が高いなぁ。」私もそう感じています。養護学校に行っても、このまま普通中学にいても、大人になった時に避けられないかもしれません。止められないかもしれません。そういう人を見てきました。支援もしてきました。1年の半分近くを数箇所の精神病院通いに費やした時期もありました。そうこうしているうちに、いつの間にか私にとっては精神障がいも知的障がいも身体障がいも健常も「関係あらへん。何でもありや。」という結論に至っていました。「僕は人造人間になりたい。」彼が言ったこの言葉と、この本を思い出しました。
つらいなぁ、セバスチャン。わかるけどな、しゃぁないねん。四の五の言わずに身体を動かそう。そして、いっこずつ、進めていこう。時には戻ったってええんやで。(戻るのきらいやろうけど)休んだってええんやで。(休むのきらいやろうけど)大丈夫。(ほんまかいな)スイミングスクールでは、始めと終わりに必ず挨拶をします。誰よりも大きな声でしっかりと挨拶をし、深々と頭を下げる彼を見て「ええ男やなぁ。」そう思った母でした。明日は登校日です。頑張って仕上げた国語の宿題を誇らしげに見せてくれました。びみょーなセバスチャン君。これからも見守ってますよ。
これです。この本です。ものすごーーーーく高いのです。ものすごーーーーく専門的な内容なのです。ものすごーーーーく著者を尊敬しているようです。ただの「好き」ではありません。ハンパじゃないのです。彼とじっくりと話し合った結果、決められた(増えた)家事を今後も続けることでOKを出しました。勿論、毎月の小遣いはありません。彼も高価であるということを重々承知しているようで購入後は他の図鑑と違う扱いをしていました。何と言うのでしょうか。ブランドを値踏みする質屋のような手つきなのです。(笑)手袋こそしませんが、「手垢がつかないように」と、慎重にページをめくりながらうっとりと眺めるその姿は正にマニアの域ですね。この本をきっかけに親子で会話がはずんだのも事実です。一見すると見えない、わかりにくい、セバスチャンの精神世界が「好き」をキーワードに、どんどん見えてきました。例えば、彼の頭の中には年表があって、その年表には大好きな出版社の複数の本の発売時期、その頃のテレビ番組、その頃に発売されていた玩具、起きた出来事、自分が言った言葉、言われた言葉など、全てが記されているのです。あと、人をどの部分で識別しているのか、(彼の場合は顔ではなく『声』でした。)分からない授業を受ける中で、何をヒントに課題や宿題をしているのか・・など。他にも「なるほど~。」と、うなるような話がたくさん出てきました。こういった会話の中からヒントを得て、一緒に「学校攻略法」を編み出していくのはなかなかやりがいがありますね。何かの雑誌で読んだのですが、「インタビューは聞き手の実力いかんで答える内容が 大きく変わる。」これはセバスチャンとの日々のやりとりや仕事の中でも実感しています。「あ、今なら聞ける!!」このタイミングと聞く内容ですね。うまく合えば、「本人の真の声(考え)」が聞けます。これからも彼らの意見をどんどん聞いていきたいので名インタビュアーを目指したいと思います。(笑)明日は宿題の中で彼が最も頭を痛めている「弁論大会用原稿作り」と、社会の自由研究に親子で挑みます。セバスチャンが考えたお題目は「高校球児の喫煙問題」だそうです。(笑)社会はたくさんある課題の中から「面白年表づくり」を選びました。歴史からはかなり外れた面白い年表ができそうです。(笑)あ、そうそう世界の大図鑑シリーズは現在は第5巻まで出ています。考えただけでおそろしい・・・。
「夏」といえばプールですね。