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先日はセバスチャンが通う中学の
参観日でした。
前回は英語、今回はご覧の通り
体育です。
砲丸投げ、走り高跳び、ハードル競技の練習風景を参観するというものでした。

げげーーーっっ、絶対無理!!
難しすぎる!!

1年生第一回目の参観日も確か科目は体育で
先生も今と同じK先生でした。
当時私は仕事で参観に行くことができず、
代わりに母(祖母)が出席してくれたのですが、
右も左も分からない、何もできないセバスチャンに
周囲も戸惑っていた様子だったと聞いていました。

一緒に体育の授業を受けること自体にまだまだ
無理があったのです。



あれから1年半・・・。
彼は、みんなはどうなっているのでしょうか?

セバスチャンは砲丸投げのチームにいました。隅っこで手をひらひらさせたり、クルクル回ったり、行ったり来たりを繰り返しています。クラスメートは気にする様子もなく順番に砲丸投げをしています。誰かがセバスチャンを手招きして呼びました。気付いた彼はすぐに輪の中へ。砲丸を渡され、なにやら会話をした後にクラスの子が投げ方を教えています。「こうやって投げるんやで。」遠くから見ている私は思わず「無理やって!!投げられへんって!!」小さな声でそう呟きましたが・・・。投げました。飛距離は短いものの、ちゃんと前に飛んでいました。投げ終わると、また周囲から少し離れたところで一人ウロウロしていました。先生の笛の合図で次に走り高跳びの場所へと移動しました。バーの高さは1m以上です。みんなで順番にべりロールを練習し始めました。セバスチャンはまたもウロウロしています。チームの子が一通り練習を終えたところで、さっきと同じようにセバスチャンが呼ばれました。すると・・・。チームのうち、2名はバーの両サイドを持って高さを低く調整し始めました。1m以下は引っ掛けるフックがありません。フックがないので二人が適度な高さに合わせて手で持って立っていました。一方で運動神経の良さそうな子がセバスチャンに飛び方を教えています。その子が何度か飛び方を見せると、セバスチャン本人が「やってみる。」と、頷きました。セバスチャンは近くにいた子に自分のメガネを渡します。相手はごく当たり前にそのメガネを受け取りました。いよいよ飛びます。「ベリーロールをセバスチャンができるわけないやん。」またも私はそう呟きました。飛びました。マジ?「セバスチャンを85cmまで飛べるようにせーよ。 助走を減らして3歩で飛べるように教えてみろ。」K先生の指示が遠くから飛びます。なるほど。この指示を聞いてクラスの子が教え上手になっているのです。結局、85cmはクリアできませんでしたが、失敗して思いきり足をぶつけていたにも関わらずセバスチャンは「いた~。」と、足をさすっだたけであっさりと次の競技に移動しました。痛いことが大嫌いなのに。家だったらものすごく怒るのに。これが外顔かぁ。最後はハードル競技です。彼の人生、ハードルだらけです。(笑)しかし、本物のハードルを飛び越える姿はまだ見たことがありませんでした。今度はどうするのかな?そう思って見ていたら・・・。一斉にかけ声と共に走り出しました。飛んでます。いや、これには本当に驚きました。びびり(怖がり)なセバスチャンが結構高いハードルを飛び越えて走っています。周囲よりは遅い走りでしたが、全てのハードルをちゃんと越えていました。2回目の走りでは数名ではなくセバスチャンとあともう一人の計2名で走っていました。一緒に走る子はセバスチャンよりも少し速い程度の走りで抑えていました。もしかすると、その子はペースメーカーの役割だったのかもしれません。そのお陰か、セバスチャンも1回目よりも速く走れていました。全ての競技を見終えて実感したことは、誰も無理をしていないということです。面倒見のいい子が世話をするというのではなく、みんな自分達の練習もして、その上でセバスチャンなりの実力で出来ることを伸ばすということが全体の課題とされているように見えました。そこには自然なやりとりの中に見えない工夫がたくさんありました。笑いながら、ごく普通にみんなとやりとりしている姿が印象的でした。ちょっかいをかけられたり、からかわれたりすることも当然あります。でも、よくも悪くも「当たり前」な感覚でセバスチャンがそこにいるということが改めてわかりました。懇談会の後、何人かの先生からセバスチャンの日常を教えていただきましたが、笑える話が多かったですね。今でも授業中にパニックを起こしたり、大騒ぎすることがあるそうです。だから時には、先生の判断で彼を外に出すこともあります。(私からもそうお願いしていました。)しかし、クラスの子ども達から「それはやり過ぎだ。」と、先生に抗議してきたそうです。「死ね」と、セバスチャンの席に貼り紙をされた時も「これはあかん。」クラスメートの訴えから学年集会にまでなりました。彼は療育手帳B2です。軽度の知的障がいと自閉症を併せ持っています。本人曰く、「中途半端」なのだそうです。だからこそ「生き抜く力」が必要なのです。わからないと言えるいやと言えるこれならできると言えるありがとうと言える楽しいと言える時にはサポートを受けながら自分で決める自分でできる彼は今、学校という社会の中でそれらを学んでいる最中です。まだまだ色々あると思いますが、陰ながら見守っていきたいと思います。彼を通して可能性というものを、成長というものをもっと見てみたいのです。「お母さん、体育の俺はどうだった?」「イケてるで~。あれでいいんや。 よう頑張ってるわ。」「うん。」これで終了です。(笑)あっさりしたものですね。
先日、セバスチャンの学校で「大縄大会」
なるものがありました。
何でも、大縄を使ってクラスみんなで一斉に飛び
順位を競うというものだそうです。

水泳大会、球技大会、そして体育大会に大縄大会とは!!
ものすごーく体育会系な中学校ですね。(笑)

本来はこういった行事が大の苦手なはずのセバスチャンですが、
不思議と今まで挫折することなくうまくクリアしてきています。

ただ単に行事に出るというのではなく、ちょっとした
「細工」がされているからクリアできているのでしょう。例えば、セバスチャンルールがそうです。1年生の時はセバスチャンにしか通用しない特別なルールをみんなでつくってくれました。優先順位は「参加」すること。セバスチャンの学校では入学した時から今現在も、自閉症と診断されたスペシャルニーズをもつ彼に対して、学年の先生全員が共に考え、サポートが必要な子どもであるということを必要な場面では必ず周囲に伝えて理解を深めて下さっています。そこには難しい説明は一切ありません。先生方が真剣であれば、セバスチャンを好きでいてくれば、説明は簡単でもいいのです。「思い」があれば、子ども達には必ず伝わります。伝われば、彼ら、彼女らは工夫して「参加」できる方法を考えてくれます。そして、セバスチャンもまた「やってみよう」という気持ちが育っていきます。中学生にもなると、小学校の時ほど簡単ではありません。起きる問題も結構厄介です。みんな「思春期」ですからね。心理は複雑です。昨今の学校経営は実に厳しい状況です。子ども達の見えない心が悲鳴をあげています。だからこそ、セバスチャンという存在が学校には必要なのだと、先生は言って下さいました。学校と子ども達を信頼しているので、人権にかかわる問題以外はできるだけ見守るようにしています。時々連絡帳で辛口コメントを書いていますがね。(笑)先生、すみません!!今回の大縄大会は、担任のY先生の報告によるとうまく飛べないセバスチャンを外すのではなく、「どうすればうまく飛べるのか?」をクラスの子ども達が考えてくれたそうです。そして彼らが分析した結果、セバスチャンは他の子よりも特に飛ぶタイミングが速すぎるということがわかりました。飛ぶ場所やスピード調節を子ども達が彼に教えて・・・。優勝しました!!やったーーー!!セバスチャン、あんた飛べるんや!!本人も大喜びです。子どもってすごいです。教え上手です。皆さん、ありがとう!!セバスチャンを入れて優勝とは・・・お見それしましたー。水泳大会の時も大はしゃぎしてプールに落とされていた担任のY先生。(笑)今回もきっとものすごく喜ばれたのでしょうね。3組のみんなと先生の喜ぶ顔が目に浮かびます。余談ですが、この前仕上げた家庭科の作品も「難しいところは友達が手伝ってくれたんだ。」と、さらっと言っていました。彼にとっても、子ども達にとっても「手伝ってもらう」「手伝う」ということは、ごく自然な行為なのでしょう。これこそが「ナチュラルサポート」だと私は思いますね。
253b46e1.jpgこれは先日家庭科の授業で作った作品です。
なかなかいい感じ。
私が中学生の頃は、こういう提出物を出した記憶がなかっただけに優等生の息子を単純に尊敬してしまいます。(笑)




さて、今日のタイトル「出不精」について。

セバスチャンはものすごーーく外出嫌いです。
本当に、すごーーーく嫌いです。
学校とスイミングと図書館は彼の中で
『予定』として入っているので問題ありませんが
それ以外は何とか外食ができるかなぁ・・。
と、いった感じです。

あ、学校行事は問題なしです。
大嫌いと公言していた「USJ」だって学校行事なら行きます。

家族単位で、プライベートで出かけるものがNGなのです。

理由はあります。

本人の言葉で伝えると・・・

「あの、2001年の池田市児童殺傷事件をニュースで見てから
 外に出るのが怖くなったんだよ。」

本当です。
彼は2001年6月を境に、外出に関しては別人になってしまいました。

それまでは、色んなところに出かけていました。旅行も行った、近所の友達とも外で遊んでいた、近くの本屋にも一人で月刊誌を買いに行っていました。あの事件をきっけかけに脅迫的に外出を怖がるようになりました。今も外出は嫌いですが、以前ほどではありません。ただ、言葉が達者になった分「交渉」に成功しないと楽しく出かけられないので、結構大変です。(笑)* 学校に関することは事前に伝える方法をとって  いますが、プライベートの外出はその逆です。  事前に伝えたり、カレンダーに書いたりしたら  それはそれはうるさいことになります。  ものすごくうるさいです。   ご飯も食べられないほど、繰り返し確認してきます。そして今日・・・母「セバスチャン、今日はちょっとお祭りに誘われている  から一緒に行こう。」セ「えーーーーーー!!!いやだよ!!」母「あのな、そうやっていっつも部屋に閉じこもってたら  どうなる?」セ「もやしっ子?」母「そう。昔、もやしっ子の話をしたやろ。子どものうちは  適度な外出が必要なんや。」セ「もやしっ子でいいよ!!ニートでもいいんだ!!」母「そうきたか。わかった。あんたがそうくるなら、  お母さんにも考えがあるよ。」セ「何?何があるの!!」母「とりあえず、外に出よう。」セ「なんでーーー!!」母「まぁまぁ、いいやんか。」  ~ そして、家の前で待っていた車に乗り込む ~セ「えーーーーー!!なんで乗るのーーーーー!!」母「まぁまぁ、すぐに行ってちゃっちゃと帰ってくるだけやんかいさ。」しばしブリブリ怒っていましたが、「3時に終わる」と伝えると、「しょうがないな!!」そう言って静かになりました。お祭り会場でもはじめは「早く帰ろう」と、何度も言っていましたが、キーマンとなるはずの母はおりません。(母は他施設のお祭りだったため、そちらのメンバーさんやスタッフ の皆さんと離れたところで談笑中。息子は放置。)セバスチャンはそこで悟りました。「お母さんはアテにならない。」うちのスタッフ達の一団に入り、その中で過ごし方を見つけていきました。約束の3時になって帰る時間になると、祭りの主催者の方々に「うるさくしてすみませんでした。 今日はありがとうございました。」と、自ら挨拶していました。うどんやたこ焼きもしっかり食べて、なんやかんやで結構楽しんでいたようなのでまぁよしとしましょう。そうそう。帰りの車中で、ものすごーく普通にスタッフと談笑している姿が妙に面白かったですね。行きの車中とえらい違いです。「外出が終わった」という安堵感からでしょう。その中で、2歳頃からの自分の様子を私に確認しながら当時の気持ちを語る場面もありました。こういう話は本人から度々聞けるものではありません。「外出」というイレギュラーで、それでいて失敗感はないけど、自分の中で感じたちょっとした「不快感」・・。そういうものが彼の中で何かを語らせる気持ちにさせたのでしょう。彼はこう言っていました。「今だったら、~するのになぁ。」(当時、うまく出来なかったことや伝えられなかった ことについて、「今だったらできるのに・・・」 という意味なのだと思います。)これから、そういった思いが突然頭をよぎることがもっと増えてくるのだろうと思います。人によってはそれらを再トライして成仏させる人もいますし、セバスチャンのように回想して思いを話して伝える人もいます。自身が納得する方法はそれぞれなのでしょう。「バイバイ、また一緒に遊ぼうねー。」・・って、帰りはめっちゃ爽やかやんかいさ!!お出かけ嫌いのセバスチャン、色々(サークル、ガイドヘルパー)と試みましたが今はこんなかたちで落ち着いています。来月は大型書店に行きたいそうです。今月ではないそうです。(笑)本人サイズでぼちぼちいきますか。追記うどんをみんなで一緒に食べたのですが、セバスチャンは過って七味を大量にかけてしまいました。「お母さん、かけすぎたから交換してよ!!」と言われて渋々交換してあげたのですが、ものすごく辛いうどんを食べて痛い顔をしていた私を見て、「お母さん、これはね、ぼくの予定を無視して 連れて来た罰だよ。」そう言ってにやりと笑いました。ハイ。すみませんでしたー。