2回続けて堅苦しくて、長~いblogを打ってしまったので
今日はあっさりとセバスチャンに関する小ネタを。

あ、今日のネタは彼から許可を取っているので大丈夫です。
怒られません。(笑)


セバ「おばあちゃん、おばあちゃんはレイザーラモンHGのこと、好き?」
祖母「そんなん、嫌いに決まってるやん。」

(目がキラッと光るセバスチャン。きっと期待通りの
 答えだったのでしょう。)

セバ「なんで、なんできらいなの?」
祖母「だって、なんか・・・」(そこへかぶせるように)
セバ「下品だから?ちょっと失礼?レイザーラモンHGはダメ?」
祖母「そうや。おばあちゃんはきらいや。」
セバ「水銀(元素記号はhg)フォーーーー!!!」

♪♪チャッチャッ、チャチャラッチャッチャー♪♪
(突然歌いだし腰を振り出すセバスチャン)

祖母「やめなさい!!みっともない!!」
私 「・・・ちがうで、セバスチャン、腰の振り方が
   ちょっと違うんや。こうよ、こう!!」

祖母「あんたらーーっ、いい加減にしなさーーーい!!
   セバスチャン、学校でそんなこと絶対にやったら
   あかんよ!!いじめられるよ!!」
私 「そうそう、セバスチャン、学校ではあかんよ。」
祖母「あんたが言うても説得力ないわ!!」
私 「どーもすみません。」

セバ「おばあちゃん、そんなにレイザーラモンHGがきらい?」
祖母「きらいや!!」

(ふと考える私。)

私 「なぁセバスチャン、なんでお母さんにはその質問しないのん?」


セバ「だって、絶対好きって言うに決まってるから。  
 お母さんは変化がないからおもしろくないんだよ。」

そう言ってふっと笑いました。


やられた・・・。

以前、私が言った言葉のリベンジです

>おもろないって言ったんじゃーーーーーー!!!!
>文句言うんやったら、もうちょっとおもろい返しを考えとき!!
>ここは大阪やで!!
>同じ文句はもう聞き飽きた!!
>変化球を待ってるからな!!



セバスチャン、君の方が・・・

一枚上手だフォーーー!!(笑)

少し長くなりましたが最後までお付き合い下さい。


昨晩、ものすごく久しぶりにセバスチャンの幼少期の
ビデオを見ました。

保育所時代の友人と鍋を囲んで懐かしい昔話を
していたところ、
「発表会のビデオ見ようか?」
ということになり年長さんの頃のビデオを見ることに。

うわぁーーーっ、めちゃくちゃ小さい!!
声がかわいい!!(今は野太いおっさん声)


・・・。




あーそうだった。
思い出しました。

ビデオには大きな声で
「オカアサン?オカアサン?」
うろうろ歩き回って見学している親の中から私を
探すセバスチャンの姿が映っていました。
傍らには常に加配の先生が付いていて、お遊戯の邪魔に
ならないように抱いたりなだめたり、時には退出したりと、
明らかに周囲の子ども達と違う動きをしてるセバスチャン。

「セバスチャンも年長さんになってかなり
 落ち着いたよね~。
 だって泣いてないし、パニックも起こしてないし、
 ほら、独り言みたいに見えるけど、あれって
 お遊戯の台詞やで。ちゃんと参加してるやん。」

一緒に見ていた友人が言いました。

そうなんです。
ビデオに写っているセバスチャンは、一見すると
ちょっと周囲と違う子どもなのですが、当時の1年前と
比べると確実に成長していたのです。


年小さんの頃は、行事に参加することがまず大変でした。
年中さんになると、参加はなんとかできても周囲の様子の
変化(人の多さや大きな音)にとまどい、混乱し、
パニックになることもしばしばありました。

彼女のようにやさしくて、それでいて客観的で
冷静にセバスチャンを見守ってくれるお母さんがこの
保育所にはたくさんいました。

ちょっとした変化を見つけては
「セバスチャン、すごいやん!!」
落ち込むことがあった時は
「だいじょうぶやって。そんなに気にせんとき。」

何事も《ポジティブ》に考えるということを、保育所
で一緒だったお母さん達から教わったような気がします。

「あっ、○ちゃんだ!この子はやさしい子やったなぁ。」
「○君はやんちゃやったなぁ。しょっちゅう怪我してたよね。」
昨晩は、そんな楽しい思い話に花が咲きました。
この ビデオをきっかけに当時のことを色々と思い出したので10年前の話を少し書き記してみます。地域の保育所への通所と同時に進めていたのが療育でした。毎月2回、TEACCHプログラムを使った個別療育を受けていました。セバスチャンには心理の先生が、私には専門のワーカー(今で言うPSW)が付き、別室で療育を受けているセバスチャンを待つ間、カウンセリングのようなかたちで日々の悩みなどをワーカーに相談していました。私はこちらで受ける療育に全幅の信頼を寄せていました。● 拒否的な言葉がない● 具体的な対応(視覚による提示)● 本人の「好き」を見つけ、それを療育に取り入れる● やさしく、それでいて冷静● 療育内容に対しての丁寧な説明精神科のDr.は正直、あまり好きではありませんでしたが直接セバスチャンの療育にあたる心理の先生とワーカーさんがプロ中のプロだったので、そこに惚れ込んで通い続けました。この頃からTEACCHプログラムについての勉強をするようになりました。今はただの怠け者のおばちゃんですが、当時は藁にもすがるような思いで沢山の本を読み、様々なアクションを起こしていました。ただただ必死だったのです。保育と療育をつなげたくて「療育ノート」も作りました。個別療育の内容や、先生から言われた日常生活の中でのちょっとしたアドバイスなど、保育士の先生方にもぜひ知っておいていただきたい内容をまとめ、そのノートを定期的に職員室で回覧してもらっていました。担任と加配の先生だけに伝えるのでは次につながらないと思っていたからです。今もその考え方は変わっていません。「いい」(プラスになる)と思ったことは、情報としてセバスチャンに関る全ての方にお知らせさせていただいています。その情報を使っていただくもよし、もっといい方法を見つけて下さるもよし、要は「共有する」こと、そして「つなぐ」ことが大切なのではないかと思います。保育所の卒業と同時に療育も終了しました。この3年間が土台となって私達親子の今があります。前回のBlogに書いた「はたらく」にも通じることなのですが、「まなぶ」にも色々あっていいのではないかと思います。地域の小学校や中学校で「まなぶ」養護学校で「まなぶ」要は、その子(個人)にとってどのような環境で「まなぶ」ことが最適なのかを考え、選択することではないかと思います。しかし、教育の世界でも大きな変革が起きようとしています。これまでの地域の小・中学校の特殊学級にかわって、特別支援教室という新しい制度が始まろうとしています。従来の障がい児教育を支えてきた特殊学級が無くなり、特別支援教室が新たに設置されるとのこと。特別支援教育の対象は、これまで通常学級に在籍していて対象とされなかったLD、ADHD、高機能自閉症(アスペルガー症候群)、軽度発達障害といわれる子どもたちです。つまり、支援の対象は療育手帳を持たない子どもたちであって、療育手帳を持つ障がい児はすべて通常学級籍となり、「障害に配慮した特別の教科指導」や、「障害に起因する困難の改善・克服にむけた自立活動」のみを「特別支援教室」で受けることになるとされています。困難の改善・克服・・・。なんという表現でしょう。このままでは地域の学校という選択肢がなくなってしまいます。さらに盲、聾、養護学校という学校種別をなくし、「特別支援学校」という新しい名称の学校に変更する方向で進んでいます。基本的な考え方が、『障害種別を超えた特別支援学校』この考え方は自立支援法ととてもよく似ています。自立支援法の中でも『三障害の一元化』が、謳われていました。「障害の特化」と一方では言い、その一方では「障害種別を超えた」・・と言う。この国の障がい福祉はいったいどこを向いて進んでいるのでしょうか?このままでは養護学校での「まなぶ」が必要な子どもたちの支援も、そして地域の学校での「まなぶ」が必要なセバスチャンのような子どもたちの支援も、どちらもが危ぶまれてくるのではないかと予想されます。厚労省の考える自立支援法と同様に、文科省の進める特別支援教育の今後も大変気になるところです。「はぐくむ」から「まなぶ」へ「まなぶ」から「はたらく」や「生活の充実」へまだまだつながってないなぁ。長い長い独り言でした。* 大阪府でもつい最近、来春開校予定の「特別支援学校(仮称)」の  説明会が開催されました。(私は行けませんでした。)  「人的、物的条件の整備」を抑えるためか、統合されて廃校となった  高校をそのまま利用するようです。 パンフレットの内容を見ている限りでは、職業訓練校のようなイメージ  しか浮かびませんでした。  どの程度の職員構成、配置になるのかもまだ見えてきません。  セバスチャンが中学3年生になる来年には、この学校の具体的な  情報も入ってくるでしょう。  またお知らせしたいと思います。
平成18年4月から障害者自立支援法が施行されます。

ここまで当事者やご家族を無視した法案はありません。

職場には、この法案に関する資料が山ほどあります。

全国レベルの大会や研究会、府や市の会議、出席する度に
大量の資料・・・。

もう、資料の山、山、山です。




この子らを世の光に


みんなちがって みんないい



これらの言葉を忘れずにサポートを続けてきましたが、
今、無性にむなしさがこみ上げてきます。


明日の会議で何と話そうか・・・。


そんなことを考えていたらこんな時間になっていました。

書けばきりがない、止まらない、打ったものを一旦全て消しました。はたらくは、生きていく上でとても尊く、大切なことだと思います。しかし、全てが就労ではありません。色んな「はたらく」があると思います。就労支援も進めてきました。今年に入って3名が就職しました。すぐに就職できたわけではありません。実習を経て、「できる」を実感して、労働サイドの制度を活用し、本人と会社、双方が納得した上で就職に至るのです。しかし、就職はゴールではありません。新たなスタート地点に立ったまでです。新たなサポートが始まるのです。施設を退所しても支援は切りません。何があっても独りにしない。就職者が出れば、その分支援の範囲も広がります。出れば出るほど継続支援も必要になってくるのです。国が考えている就労支援機関(就業・生活支援センター)の増設だけで解決できるものではありません。授産活動の売り上げも追い、余暇支援、創作活動も進め、医療的支援にも走り、就労支援を経て、アフターフォローもするこれが町の施設です。色んな人が通われています。それぞれのニーズが違います。介護か就労か?何を言うとるんや!!そんな単純なものと違う。人間は物やない資料の山に「くそったれ」と、つぶやく今日この頃です。セバスチャンの「細木数子フォー!!」が聞きたい・・・。ゆっくり喋ってないなぁ。