このblogを始めて来月でちょうど一年になります。
一番はじめに書いた日記の中に
「静かに、静かに並んで寿司を食べるこの喜び・・・」
そう書いたと記憶しています。
きっとその日の心境は、そのことにとても感動したのでどうしても記して
おきたかったのだと思います。
ここではほとんど書いていませんが、セバスチャンの幼少期は
それはそれは凄まじい日々でした。
言葉が出始めた小学1年生頃はオウム返しか、
「どろぼー!!たすけてー!!」
覚えたて(お気に入り)の言葉を毎朝大声で言いながら登校して
いました。
道路を突然飛び出す、車道の真ん中を歩きたがる、裸足で外に
飛び出す、衣類を脱いで下半身に何も身に着けずスーパーを走り回る、
叫ぶ、泣く、私を叩く、電車の中で「たすけて!!」を繰り返し
誘拐犯と間違えられる、家であまりに叫ぶので虐待と間違えられて
通報されそうになる、
「(障がいが)軽くてしゃべれる子はいいね。
お母さんも働けるもんね。」
同じ障がいをもつ子どものお母さん達からの何気ない言葉・・・
書けばきりがありません。
当時はパソコンも家にはなかったため、ネットもしていませんでした。
唯一の心の支えは「どんぐりの家」でした。
他の本もたくさん読みましたが、この本は別格でした。
何度読み返したでしょうか。
特に1巻は共感することが多かったので涙しながら擦り切れるほど
読みました。
どんぐりの家 第一巻 Big comics special
母子家庭だったので食べていくために働き続け、保育所、そして
学童保育に加配を付けてもらって(教育委員会へ直談判にも行きました。)
利用し、彼にとっての「安心」や「やすらぎ」をどのように伝えれば
(見せたらいいのか)を模索して支援グッズを作り、とにかく
できることは何でもやってみました。
そう、昔のおじさん方がよく使っていた言葉
必死のパッチ ← 友近のひとりコントでも出てきそうな言葉
これがピッタリな生活風景でした。
えらく長い前置きやなぁ。(笑)
今はものすごーくズボラな私とセバスチャンの過去を書くことで
これから書くことになぜ私が感動したのかわかってくださる人も
いるのではないかと思ったもので、つらつらと打ってしまいました。
もうすぐスキー合宿です。セバスチャンは今からとても緊張しています。でも今までのように私には聞いてきません。(小学校の林間までは写真つきスケジュール持参で参加していました。)学校から言われる説明で全て理解しようとしているからです。その中でわからないことは友達や先生に聞くつもりなのだと思います。だから、私は何も言っていません。彼から何も依頼を受けていませんのでしばらくは見守ろうと思っています。しかし、このスキー合宿のことと自分の誕生日のことが本人の中では重なっているようで、特に誕生日にもらう予定のレゴについて最近毎日私に確認をするようになってきました。彼の言い分はこうです。「もらう日はわかっているから、その日のために飾るスペースを 空けて待っているんだけどすごく遠いね、お母さん。 おれの誕生日の前にスキー合宿もあるし、どうしよう、 わからないんだよ。」怒ってはいませんが、かなり辛そうな様子でした。セバスチャンの頭の中ではもう作品は完成しているのです。でも、目の前のレゴはまだ揃っていない。不完全なのです。私はこう返しました。「なぁ、セバスチャン、この前ネットで一緒に注文したやんか。 あれな、もうちょっと後で届くと思ってたんやけど、 実はもうお母さんの仕事場に届いてるねん。 今から一緒に取りに行こうか?」セバスチャンは誕生日よりも先にプレゼントを手にすることと頭の中の完成図への実現を天秤にかけ、考えに考えた末に「取りに行く。」を、選択しました。セ「お母さん、ありがとう。おれ、勝手なことを言ってない? ずるくない?」私「いーや、ずるくない。気になるんやったらそれでいいやん。 だってな、レゴがないんとちがう。もう届いているんやから。」セ「ありがとう。今回は特別なんだよね。」私「そう。特別。」セ「うん。わかったよ。」彼がそのプレゼントをどれほど心待ちにしていたかは職場に取りに行った帰りの車中でさらにわかりました。セ「フーフー、ハー。フーフー、ハー。」私「何で深呼吸してるのん?」セ「いやぁ、うれしくて緊張しているんだ。今はプレゼントを 開けたい気持ちを精神力で落ち着けているんだ。」私「そうかー。微妙にボビーやけど、えらいなぁセバスチャン。 別に開けたっていいのに。」セ「いやいや、それはダメだよ。家に帰ってから開けるんだ。」夜の8時過ぎに家に戻りました。セバスチャンは絶対10時には寝ると決めています。2時間以内で仕上げるのは困難だと思ったのですが、それはそれはものすごい集中力で10時までに完成させていました。そして翌朝、(つまり今日)クリスマス、お正月、そして誕生日に買い揃えた『騎士の王国(中世騎士)シリーズ』が、見事な配置で部屋に飾られていました。おもちゃ屋さんのディスプレイ並み、いや、それ以上かもしれません。私「セバスチャン、blogに載せたいから後で写真撮らせてな。」セ「いいよー。」3時になって、さて写真を撮ろうと思ったら部屋からレゴが全て消えていました。私「ええーーー、なんでないのーーー!!」その時、彼はこう言いました。セ「レゴはとても楽しいんだけど、明日は学校でしょ。 そのまま出しておいたら、きっと気になって学校に行かなくなるよ。 だから、レゴは見えないところに片付けたんだ。」私「すごくよく出来てたのに全部壊したん?」セ「ああ、だいじょうぶだよ。すぐに組み立てられるように 全部は壊してないよ。ただ箱に入れやすいように 分解しただけ。」彼は、「自分」をよく知っている。彼は、幼少期のことも覚えている。その上で親の私が考える以上に狭間にいる辛さの中で嬉しい、楽しいも大切にしている。そう思いました。少し切なくなりました。セ「あー、明日は学校かー。 ブルーな気分だなぁー。」私「ほんなら、一緒にサボろうか? お母さんも仕事休もうかなぁ。」セ「そんなのダメだよ。お母さん、ちゃんと仕事に 行ってよね!!」背中、広くなったなぁ。
一番はじめに書いた日記の中に
「静かに、静かに並んで寿司を食べるこの喜び・・・」
そう書いたと記憶しています。
きっとその日の心境は、そのことにとても感動したのでどうしても記して
おきたかったのだと思います。
ここではほとんど書いていませんが、セバスチャンの幼少期は
それはそれは凄まじい日々でした。
言葉が出始めた小学1年生頃はオウム返しか、
「どろぼー!!たすけてー!!」
覚えたて(お気に入り)の言葉を毎朝大声で言いながら登校して
いました。
道路を突然飛び出す、車道の真ん中を歩きたがる、裸足で外に
飛び出す、衣類を脱いで下半身に何も身に着けずスーパーを走り回る、
叫ぶ、泣く、私を叩く、電車の中で「たすけて!!」を繰り返し
誘拐犯と間違えられる、家であまりに叫ぶので虐待と間違えられて
通報されそうになる、
「(障がいが)軽くてしゃべれる子はいいね。
お母さんも働けるもんね。」
同じ障がいをもつ子どものお母さん達からの何気ない言葉・・・
書けばきりがありません。
当時はパソコンも家にはなかったため、ネットもしていませんでした。
唯一の心の支えは「どんぐりの家」でした。
他の本もたくさん読みましたが、この本は別格でした。
何度読み返したでしょうか。
特に1巻は共感することが多かったので涙しながら擦り切れるほど
読みました。
どんぐりの家 第一巻 Big comics special母子家庭だったので食べていくために働き続け、保育所、そして
学童保育に加配を付けてもらって(教育委員会へ直談判にも行きました。)
利用し、彼にとっての「安心」や「やすらぎ」をどのように伝えれば
(見せたらいいのか)を模索して支援グッズを作り、とにかく
できることは何でもやってみました。
そう、昔のおじさん方がよく使っていた言葉
必死のパッチ ← 友近のひとりコントでも出てきそうな言葉
これがピッタリな生活風景でした。
えらく長い前置きやなぁ。(笑)
今はものすごーくズボラな私とセバスチャンの過去を書くことで
これから書くことになぜ私が感動したのかわかってくださる人も
いるのではないかと思ったもので、つらつらと打ってしまいました。
もうすぐスキー合宿です。セバスチャンは今からとても緊張しています。でも今までのように私には聞いてきません。(小学校の林間までは写真つきスケジュール持参で参加していました。)学校から言われる説明で全て理解しようとしているからです。その中でわからないことは友達や先生に聞くつもりなのだと思います。だから、私は何も言っていません。彼から何も依頼を受けていませんのでしばらくは見守ろうと思っています。しかし、このスキー合宿のことと自分の誕生日のことが本人の中では重なっているようで、特に誕生日にもらう予定のレゴについて最近毎日私に確認をするようになってきました。彼の言い分はこうです。「もらう日はわかっているから、その日のために飾るスペースを 空けて待っているんだけどすごく遠いね、お母さん。 おれの誕生日の前にスキー合宿もあるし、どうしよう、 わからないんだよ。」怒ってはいませんが、かなり辛そうな様子でした。セバスチャンの頭の中ではもう作品は完成しているのです。でも、目の前のレゴはまだ揃っていない。不完全なのです。私はこう返しました。「なぁ、セバスチャン、この前ネットで一緒に注文したやんか。 あれな、もうちょっと後で届くと思ってたんやけど、 実はもうお母さんの仕事場に届いてるねん。 今から一緒に取りに行こうか?」セバスチャンは誕生日よりも先にプレゼントを手にすることと頭の中の完成図への実現を天秤にかけ、考えに考えた末に「取りに行く。」を、選択しました。セ「お母さん、ありがとう。おれ、勝手なことを言ってない? ずるくない?」私「いーや、ずるくない。気になるんやったらそれでいいやん。 だってな、レゴがないんとちがう。もう届いているんやから。」セ「ありがとう。今回は特別なんだよね。」私「そう。特別。」セ「うん。わかったよ。」彼がそのプレゼントをどれほど心待ちにしていたかは職場に取りに行った帰りの車中でさらにわかりました。セ「フーフー、ハー。フーフー、ハー。」私「何で深呼吸してるのん?」セ「いやぁ、うれしくて緊張しているんだ。今はプレゼントを 開けたい気持ちを精神力で落ち着けているんだ。」私「そうかー。微妙にボビーやけど、えらいなぁセバスチャン。 別に開けたっていいのに。」セ「いやいや、それはダメだよ。家に帰ってから開けるんだ。」夜の8時過ぎに家に戻りました。セバスチャンは絶対10時には寝ると決めています。2時間以内で仕上げるのは困難だと思ったのですが、それはそれはものすごい集中力で10時までに完成させていました。そして翌朝、(つまり今日)クリスマス、お正月、そして誕生日に買い揃えた『騎士の王国(中世騎士)シリーズ』が、見事な配置で部屋に飾られていました。おもちゃ屋さんのディスプレイ並み、いや、それ以上かもしれません。私「セバスチャン、blogに載せたいから後で写真撮らせてな。」セ「いいよー。」3時になって、さて写真を撮ろうと思ったら部屋からレゴが全て消えていました。私「ええーーー、なんでないのーーー!!」その時、彼はこう言いました。セ「レゴはとても楽しいんだけど、明日は学校でしょ。 そのまま出しておいたら、きっと気になって学校に行かなくなるよ。 だから、レゴは見えないところに片付けたんだ。」私「すごくよく出来てたのに全部壊したん?」セ「ああ、だいじょうぶだよ。すぐに組み立てられるように 全部は壊してないよ。ただ箱に入れやすいように 分解しただけ。」彼は、「自分」をよく知っている。彼は、幼少期のことも覚えている。その上で親の私が考える以上に狭間にいる辛さの中で嬉しい、楽しいも大切にしている。そう思いました。少し切なくなりました。セ「あー、明日は学校かー。 ブルーな気分だなぁー。」私「ほんなら、一緒にサボろうか? お母さんも仕事休もうかなぁ。」セ「そんなのダメだよ。お母さん、ちゃんと仕事に 行ってよね!!」背中、広くなったなぁ。

昨晩、夕食の後セバスチャン、私、
母、そしてたまたま遊びに来ていた
私の友人Kさんの4人で、
『坊主めくり』
をしました。
いやぁ、セバスチャンとゲームをするのは大変です。
もう、うるさいのなんのって!!
理由はわかります。
● 勝つか負けるかのハラハラドキドキ感が怖い
(見通しのないことは怖い)
● 自分の取った札を「坊主」が出たら返上するのがイヤ
● 人が自分の札を「姫」を出して持っていくのはもっとイヤ
(要は他人の札量の増減が見えることに過剰に反応してしまう)
● 勝ちたい!!
(これは皆同じ心理)
そうですよね。
坊主めくりってとてもシンプルなルールだし、
なおかつ結果がすぐに見えますからね。
そういう心中もあってか、セバスチャンのリアクションが
良くも悪くも大き過ぎて、みんな大爆笑していました。
だって、トークが完全にボビーなんですよ。
セ「もう、こうなったら圧倒的にやるからね!!」
(それを言うなら徹底的。)
私がルールを説明しているのに、
セ「お母さん、愚痴はもういいからさぁ。」
こういう間違いを聞くと、突っ込まずにいられないのが
関西人です。
みんなから
「なんでやねん。それを言うなら○○やんか。」
というツッコミの連続でした。(笑)
結果は、私が一番負けて、次の負けがセバスチャンだったので
「お母さん、よっわーい。やーいやーい。
やっぱりおばさんだー。」
と、余裕の表情でさんざんからかわれました。
そうそう。
その時に2学期に仕上げた美術の課題のことをもう一度聞いてみたら
セ「あーあれ、カバンの中に入っているよー。」
私「なぬ、前はないって言ってたやん!!」
これがその作品です。

へー、おもしろい!!
タイトルは
「落ち葉」
と、
「石鯛」
今はそれぞれ額に入れて飾っています。
冬休みもそろそろ終わりです。
結構楽しかったよね、セバスチャン♪
