今年も京都でATACカンファレンスが開催されました。

私も参加しましたが、事情により疾風のごとく会場を
後にしたため、とても聞きたかったハルヤンネさん
発表の
「筆談コミュニケーション~帰りたいが帰れない~」
が聞けませんでした。
なので、うちの若手スタッフに
「しっかり聞いときや。支援者と呼ばれる我々がいかに
 ずさんなやりとりを日々しているかがよーくわかるし、
 反省点や参考になる点がいっぱいあると思うから。」
そう言い残し大阪へ戻ったのでした。

筆談の重要性は日々の相談業務の中で痛感しています。
このブログを長らく読んでくださっている方は、私が
口頭以外のコミュニケーションはしない人間だと思って
いるかもしれませんが、それは全くの誤解です。

セバスチャンが「口頭」を選択しているため、ブログの
中では会話でのやりとりの話が多くなっていますが
実際は彼と筆談もしています。
(怒られるからエピソードを書かないだけ)

仕事の中では、言葉でのコミュニケーションが苦手な方には
『1対1で、筆談で』
が、私の聞き取りの基本です。
最近は、1対1という方法以外の
『自分と相手のやりとりを周囲の人に見てもらう』
という方法も行っています。
(個別聞き取り以外の場面で、プライバシーには十分に
 配慮して、と付け加えておきます。)


私は、文字を読むこと、さらには書くことも可能であると
わかると口頭のみではなく、筆談で相手の真意を確認する
ようにしているのですが、対象者が成人されている方が
多いため、筆談で話しを進めるのか否かをまず
「書いていいですか?」
と、本人に確認しています。
「いりません。」
と、拒否をされたらまずは書かずに言葉を短く切って、
装飾語を省いて、わかりやすく話すようにします。

で、最後はやっぱり
「これはとても大切なことなので書いておきますね。」
などと言って見てもらうようにしています。
重要な部分を口頭だけで話すと、いつの間にか別の言葉に
変換されたり、内容を取り違えたりしてしまう人が少なく
ないからです。

彼ら、彼女らは育ってきた環境も今とは大きく違います。
まだまだ理解されていなっかた時代を経てきた方々です。
辛く、悲しい過去もあります。
長らく「楽に暮らす方法」を知らずに無理矢理社会に合わせ
させられ、ダメだと言われ続けてきたのです。
筆談の中で、そういった辛い体験が綴られることもあります。
とても胸が痛くなる瞬間です。


「会社、いきません!!休みます!!」
「おれ、仕事きらい!!」
「会社、きらい!!」

言葉でいくら聞いても理由を教えてくれません。
同じ台詞を興奮して繰り返すだけです。
いえ、教えてくれないのではありません。
伝えられないのです。
ここがハンディであり、そのハンディを補う方法を
用いなければ真意は分からず終いです。

言葉で質問するのではなく、筆談に切り替えると
その時の状況、何があったのか、どんな気持ちだった
のかを教えてくれます。

そういうこともあり、最近はセンターを今まで以上に
飛び出し、相談を待つのではなく、相手の懐に入り、
その場で実践するという方法を積極的に行っています。

自宅の中で、本人と
ケア会議の中で、本人と
障害者雇用している企業の中で、本人と
施設の中で、本人と

彼ら、彼女らの「見る」力がどれほど強いか、
「見せて」伝えることがどれほどわかりやすいのかを
知ってもらうために、相談があればまず出向いて筆談の
時間を共有しています。

~口から出る言葉が必ずしも彼ら、彼女らの伝えたい
 メッセージではない~

ここをまずわかってもらいたいのです。


ちょっと筆談に関するエピソードがあったもので
熱く書いてしまいました。







20954aec.JPGセバスチャンの本棚です。







息子の部屋のものは、私は一切タッチしていませんが
いつも綺麗に整頓されています。
「出したものは片付ける」
ということが徹底されているからでしょう。

私は違います。
出しっぱなしです。(笑)
机はいつも資料の山です。
片付けてしまうと、どこに片付けたのか忘れてしまうので
視界に入る場所に何でも置いてしまいます。

彼は、「親の躾」で整理整頓男になったのではなく
自分なりに暮らしやすさを追求した結果(?)
いい加減な母親に頼らず、大切な自分の物を保管する
術を身につけたのでしょう。

あと、物もちがいいですね。
(「物もちがいい」← 捨てずに大切に持っておくこと。)
本棚をよくよく見ると、修理した形跡のある本も結構あります。

本の修理も、テレビマガジンの付録も、レゴも、プラモデルも
小学校低学年の頃は私が直したり作ったりしていました。
彼はそれをいつも隣で「見て」いました。
セバスチャンはいつも「見て」いたんです。
一緒に作る、作業をするという感じではなかったですね。
毎回私にさせていました。
私も、付録やプラモデル作りは嫌いではなかったので
ムキになって作っていました。

彼は当時から完璧主義だったので、間違いなく作業ができる
「大人の」私にさせていたのだと思います。
イメージ通りのものが6~7歳の自分では作れないから
させて、機が熟したところで自分が作る、直すという
次のステップに進んだのでしょう。
今の彼を見ていると、多分そういうことだったのだと思います。

何がどう正しいかはよくわかりませんが、本人の納得に付き合う
というのは大切なことだと思います。

今は放ったらかしですけどね。(笑)







さぶいぼ→鳥肌

先日、セバスチャンはこの「さぶいぼ」というものを
ある会話をきっかけに知りました。

きっかけは・・・。

そう!!
またまたじいちゃん(勝新)です!!

じいちゃんは、『どうでもいい会話』をするのが
大好きな人です。
いつもセバスチャンがピキッとくる言葉を探し、そして
キョーレツに怒った返事をワクワクしながら待っています。

70の声が近いというのに、心はいつまでたっても少年のまま。
ある意味すごい、面白い。
さすが『浪速のエジソン』(自称)だ。
<注意:浪速のモーツアルト(キダタロー)ではありません。>

いつもはじいちゃんと孫の会話は放置しているのですが、
今回は思わず参戦してしまいました。


じ「セバスチャン、もうすぐ試験やなぁ。」
セ「・・・。」

じ「ちょっと前まで試験前になったらえらい怒ってたけど、
  セバスチャンのママのお陰ですっきり解決したみたい
  やなぁ。
  さすがやなぁ。セバスチャンのママは、プロやもんなぁ。」

顔がピキピキするセバスチャン。

セ「うん、そうだね!!ママのお陰だよ!!
  ママ、本当にありがとう!!」
じ「よかったなぁ。セバスチャン。ママがいてくれて。」

さらに顔がピキピキするセバスチャン。

私「セバスチャン、ママはないよなぁ。
  やっぱ、マミーでしょ。」

セ「マ、マミー??マミー!!
  ママ、マミー、どっちも気持ち悪いよーー!!
  お母さん、オレの腕になんかブツブツがいっぱい
  できてる!!これは何?」

腕を見る家族。

私「これは・・・。さぶいぼや!!」

セ「サブイボ?」

私「そう。つまり鳥肌のことや。
  セバスチャン、今正にあんたは【見えない感情】と
  いうものを体でキャッチしたんよ。」

セ「何?」

私「お母さんのことをママやマミーと呼ぶのが気持ち
悪すぎて、サブイボ、つまり鳥肌が出たのさ!!」

セ「鳥肌は寒い時に出るんじゃないの?」
私「いんや。気持ち悪い、ゾゾーッとした時にも出るのよ。」

セ「なるほど。鳥肌はサブイボ、気持ち悪い時にも出るんだね。」

私「そうそう。よかったやん。またひとつ賢くなったやんかいさ。
  変なじいちゃんに感謝せなあかんね。」

セ「そうだね。おじいちゃん、ありがとう。」

じ「いやいや。おじいちゃんより、やっぱりママ
  感謝せなあかんでー。」


セ「気持ち悪いよ!!パパの方がまだいいよ!!」



パパですか・・・。(-_-;)