お酒は決して強い方ではないのですが、今年の忘年会は
連チャン連チャンで毎夜酒浸りです・・・。
正直なところ、私は集団が苦手で宴会もあまり得意では
ないのですが(意外!!と言われそう。)色んな職種の方
と色んなかたちで仕事をさせていただいた1年だったので、
あまり難しく考えずに「ありがとう」の意味も込めて方々の
宴会に参加させていただきました。
セバスチャンはそんな飲んだくれのオカンを横目に
ガイドヘルパーさんと海遊館に行ってきました。
ネットで料金や行き方を調べて、ヘルパーさんにメールで
送ったまではカッコ良かったのですが、当日は手書きの
メモをすっかり忘れて結局ヘルパーさんの後ろを付いて
行ったカッコ悪い男です。(笑)
ちなみに、今回の外出は本人から言い出しました。
人混みが苦手で方向音痴のセバスチャンですが、
「冬休みにどこへも出かけないともやしっ子になるからね。
Hさんにお願いして一回だけ出かけておこう。」
そう言って、行き先や帰宅時間を決めて、どの部分に支援
(サポート)が必要なのかを相手に事前に伝えていました。
事前に伝える理由は簡単です。
プライドがあるからです。
「出来ることまで手伝われたくないんだ。」
なるほど。
セバスチャンは高校1年生の三学期から就労支援を受ける
ことになりました。
来年早々に面接&登録です。
ガイドヘルパーさんにお願いをしたように、就労支援ワー
カーさんから就労に関するレクチャーを受けて、「働く」
をじわじわとリアルなものにしていくのでしょう。
こうやって、息子はオカンの手からどんどん離れていくの
です。
セバスチャンの「自閉的な部分」を「定型発達」の
人と比較して記すことは難しいことではありません。
ブログで読むセバスチャンは、ほんの少し言い回しが不思議
な男の子ですが、実際はそんなもんじゃありません。(笑)
でも、彼をどう見るかは出会った人の自由です。
私から見る息子と、他人様が見るセバスチャンは違うのです。
だから最近は、
「どんな息子さんですか?」
と聞かれると、
「面白い息子です。」
と言って、自閉症であるという説明をしなくなりました。
昔は毎回していたのですが、最近は必要と感じなくなってきた
ので、省くようになりました。
必要と感じたら、彼は自分で説明していますので、もうオカン
の説明はいいでしょう。
(本人の説明の仕方がめちゃくちゃ面白いのですが書くと怒ら
れるのでやめておきます。)
勿論、このような考え方が正解であるとは思っていません。
自閉症も色々、家族の支え方(見守り方)も色々ということが
言いたいのです。
幼児期、児童期に沢山の方から愛情を注いで育てていただいた
セバスチャンは少年期を経て、もうすぐ青年になろうとして
います。
「男の子」が「男」になる狭間ですね。
ぼちぼち、離れたところから見守っていきましょう。
私は福祉の仕事をしています。
しかし、息子だけは支援の対象外です。
今もこれからもこの考え方は変わらないと思います。
そして、私が働く法人で支援はしないと決めています。
親の立場から見ると賛否両論あると思いますが、私は
そういう線引きが必要であると思っています。
仕事の中で大人が支援の対象であったためかもしれませんが、
私は親よりもまず本人と向き合うということにこだわって
しまいます。
親からの情報が正しく、どんなに正確であっても、それは
親から見た子どもであることに変わりないのではないかと。
だから、親は協力者の一人であり、大切な家族という位置付け
でいいのではないのかと、そんな風に思うようになりました。
昔はそうではなかったのですが、様々な家族と一緒に考える
機会が増えたので自分の中で何かが変わったのかもしれません。
ごく当たり前に「暮らし」を考えると、やっぱり子どもは
少しずつ親の手を離れていくものです。
だから、必ずしも優秀な親である必要なないと思います。
ずぼらでもいい、几帳面でもいい、どんな親でも彼ら、彼女らに
とってはかけがえのない親であり、家族なのです。
暮らしはこうでなければならない、というものではありません。
いい意味での覚悟をもっていれば、どないなとなるものです。
たくさんの家族と向き合ってきて、今はそう感じています。
親にしかできないことがある。
親にできないこともある。
私はセバスチャンにとっては親なので、支援はしません。
その代わりに、いい人を息子に紹介しようと思います。
オカンの息(力)が絶対にかからない人達です。
まぁ、簡単に書けば商売敵に依頼するということですね。(笑)
その人たちと、自由に、伸び伸びとこれからを模索していって
下さい。
セバスチャンよ、男になれ!!
連チャン連チャンで毎夜酒浸りです・・・。
正直なところ、私は集団が苦手で宴会もあまり得意では
ないのですが(意外!!と言われそう。)色んな職種の方
と色んなかたちで仕事をさせていただいた1年だったので、
あまり難しく考えずに「ありがとう」の意味も込めて方々の
宴会に参加させていただきました。
セバスチャンはそんな飲んだくれのオカンを横目に
ガイドヘルパーさんと海遊館に行ってきました。
ネットで料金や行き方を調べて、ヘルパーさんにメールで
送ったまではカッコ良かったのですが、当日は手書きの
メモをすっかり忘れて結局ヘルパーさんの後ろを付いて
行ったカッコ悪い男です。(笑)
ちなみに、今回の外出は本人から言い出しました。
人混みが苦手で方向音痴のセバスチャンですが、
「冬休みにどこへも出かけないともやしっ子になるからね。
Hさんにお願いして一回だけ出かけておこう。」
そう言って、行き先や帰宅時間を決めて、どの部分に支援
(サポート)が必要なのかを相手に事前に伝えていました。
事前に伝える理由は簡単です。
プライドがあるからです。
「出来ることまで手伝われたくないんだ。」
なるほど。
セバスチャンは高校1年生の三学期から就労支援を受ける
ことになりました。
来年早々に面接&登録です。
ガイドヘルパーさんにお願いをしたように、就労支援ワー
カーさんから就労に関するレクチャーを受けて、「働く」
をじわじわとリアルなものにしていくのでしょう。
こうやって、息子はオカンの手からどんどん離れていくの
です。
セバスチャンの「自閉的な部分」を「定型発達」の
人と比較して記すことは難しいことではありません。
ブログで読むセバスチャンは、ほんの少し言い回しが不思議
な男の子ですが、実際はそんなもんじゃありません。(笑)
でも、彼をどう見るかは出会った人の自由です。
私から見る息子と、他人様が見るセバスチャンは違うのです。
だから最近は、
「どんな息子さんですか?」
と聞かれると、
「面白い息子です。」
と言って、自閉症であるという説明をしなくなりました。
昔は毎回していたのですが、最近は必要と感じなくなってきた
ので、省くようになりました。
必要と感じたら、彼は自分で説明していますので、もうオカン
の説明はいいでしょう。
(本人の説明の仕方がめちゃくちゃ面白いのですが書くと怒ら
れるのでやめておきます。)
勿論、このような考え方が正解であるとは思っていません。
自閉症も色々、家族の支え方(見守り方)も色々ということが
言いたいのです。
幼児期、児童期に沢山の方から愛情を注いで育てていただいた
セバスチャンは少年期を経て、もうすぐ青年になろうとして
います。
「男の子」が「男」になる狭間ですね。
ぼちぼち、離れたところから見守っていきましょう。
私は福祉の仕事をしています。
しかし、息子だけは支援の対象外です。
今もこれからもこの考え方は変わらないと思います。
そして、私が働く法人で支援はしないと決めています。
親の立場から見ると賛否両論あると思いますが、私は
そういう線引きが必要であると思っています。
仕事の中で大人が支援の対象であったためかもしれませんが、
私は親よりもまず本人と向き合うということにこだわって
しまいます。
親からの情報が正しく、どんなに正確であっても、それは
親から見た子どもであることに変わりないのではないかと。
だから、親は協力者の一人であり、大切な家族という位置付け
でいいのではないのかと、そんな風に思うようになりました。
昔はそうではなかったのですが、様々な家族と一緒に考える
機会が増えたので自分の中で何かが変わったのかもしれません。
ごく当たり前に「暮らし」を考えると、やっぱり子どもは
少しずつ親の手を離れていくものです。
だから、必ずしも優秀な親である必要なないと思います。
ずぼらでもいい、几帳面でもいい、どんな親でも彼ら、彼女らに
とってはかけがえのない親であり、家族なのです。
暮らしはこうでなければならない、というものではありません。
いい意味での覚悟をもっていれば、どないなとなるものです。
たくさんの家族と向き合ってきて、今はそう感じています。
親にしかできないことがある。
親にできないこともある。
私はセバスチャンにとっては親なので、支援はしません。
その代わりに、いい人を息子に紹介しようと思います。
オカンの息(力)が絶対にかからない人達です。
まぁ、簡単に書けば商売敵に依頼するということですね。(笑)
その人たちと、自由に、伸び伸びとこれからを模索していって
下さい。
セバスチャンよ、男になれ!!