あきません・・・。

わずか一週間の間にJAFを2回も呼んでしまいました。

どちらも「インドアロック」です。

鍵を入れたままロックするという凡ミスです。

ぼーっとし過ぎですね。(笑)




今日はセバスチャンの学校は中間テストでした。

日曜日からかなりブルーになっていました。

だって3年生になってはじめて

クラスで試験を受けるのです。

(ただし受ける教科は国語と英語に限定)

とても緊張していました。



セバスチャンの「学ぶ」は少し周囲と違っています。

タイミングや速度、あらゆる面で違うのです。

この、「ちがう」を認めてもらえる土台があったからこそ、

『中学3年生からみんなと一緒にテスト』

が実現したのかもしれません。



小学校は低学年まで特殊学級で過ごす時間が多く

学校というもの(ルール)を理解し始めた高学年から

徐々に「学ぶ」ために、好きな教科からお客様では

ない授業の受け方(入り方)に変更していきました。

そして、6年生になる頃、ほとんど全ての授業を

クラスで受けるようになっていました。

しかし、宿題は最後まで《ごまめ》でした。

本人が「できない」と言い切っていたことが大きかった

のだと思います。



そんなセバスチャンに大きな転機が訪れます。

中学校入学です。

小学校卒業と同時に引越しをしたため、正にゼロからの

再出発となりました。


一番初めに彼に聞いたのが

「どの授業を○○学級(特殊学級)で受けたい?」

でした。

セバスチャンはあっさりと

「算数。」

と、答えました。


授業での様子を見て今後の教科の取り出しは考えようと

いうことになり、ひとまず数学のみ取り出しということで

スタートしました。


しかし、数字が苦手ということは、社会や理科にも

当然影響してきます。

セバスチャンは苦悩しました。

「わからない」

ことがたくさん出てきたからです。

そこへもってきて宿題です。

「宿題がわからない!!」

中学校に入って、宿題の《ごまめ》がなくなったことで

毎日帰宅すると荒れるようになりました。


私は仕事で家にはいません。

宿題を見れる人は家には誰もいません。


考えました。

出た結論が、

『宿題は学校でする、わからなければ先生に聞く』

シンプルな答えですが、その後宿題のことで家で荒れることは

なくなりました。

特殊学級の先生がセバスチャンの宿題を常に気にかけてくださった

ことも大きかったと思います。


そうこうしているうちに、いつの間にか家でも普通に宿題が

できるようになっていました。



次にテストです。

まず、セバスチャンは「わからない箇所」を飛ばすことが

できませんでした。

飛ばす行為がどうしてもできないため、わからなくなると

大きな声を出してしまいます。

これではみんなと一緒に試験を受けられません。

そこでまた考えました。

『場所を教室ではなく特殊学級で受けてみよう。』


これは彼にとってはよかったようです。

飛ばすことができない男ですから、はじめは

教科書を見て、先生に聞きながら、問題を全て飛ばさずに

テストを進めました。


翌年は、なるべく教科書を見ないでテストをしようという

ことになりました。

そうこうしているうちに、わからない問題を飛ばすことが

徐々にできるようになっていきました。



そして3年生です。


テストが近づいたある日、荒れるのではなく、家に帰るなり

「自習」を始めました。

今朝も学校に行く直前まで問題集を見ていました。


これには驚きました。


「セ、セバスチャンが朝から勉強してる!!!!!」


大きな声を出したら嫌がるので静かに驚きました。


そして、AM8時10分。

一緒に家を出ました。


セ「お母さん、今日はいよいよ中間テストだよ。

  国語と英語はクラスで受けるんだ。

  できるところまでやってみるよ。

  いってきます!!」




できるところまで・・・



この言葉を言うまでに彼の中でどれほどの葛藤があったでしょう。

葛藤を超えた時の潔い表情に「男前やなぁ。」と思う母でした。(笑)






3年目にして、国語と英語の2教科だけですが

クラスでテストを受けることができるようになりました。


療育から教育へ


先生方の力は大きいなぁ。


いつもありがとうございます。
















自閉症なんか怖くない―低機能広汎性発達障害者とのつきあい



たたかいはいのち果てる日まで―人間的医療に賭ける


           ↑        
       只今絶版しています。
       早く復刊するとよいのですが・・・




前者はいわゆる「強度行動障害」をもつ自閉症児・者との

かかわりを克明に書かれた実践記録です。

著者は自閉症児・者のトータル支援で有名な「おしまコロニー」や

自閉症者居住施設、そして療育センターを経て自ら会社を立ち上げ、

重度の行動障害をもつ自閉症児・者と寝食を共にしながら向き合って

こられた実践家です。



後者は医師で二分脊髄の第一人者でもあり、世界的にもその力量を

認められているにも関らず、白い巨塔を捨てコロニーの常勤医師、

そしてある市の療育センター創設まで、我が身に迫る病を知りながら

駆け抜けた男性の一生が書かれたドキュメントです。

こちらはこの本の作者が彼の死後、様々な人へのインタビューを通して

軌跡を追ったものです。


二冊とも、薦めらて読んだ本です。

それぞれ薦めて下さった方は違います。

(「たたかいは・・」は、正確にはある方から復刊させるため

 投票協力をしてほしいという依頼でした。)




自閉症は特化されていき

医療は最先端が良いとされている昨今・・

決して間違ってはいませんが、何か足りない。

そう感じる時があります。



両者とも、肩書きを捨て、

我が目で見たものを信じ

当事者と寄り添い、心を通わせ

泥臭い実践を重ねた頑固なおじさんの話です。



そう。


泥臭いです。

人間臭いです。






どちらの本も、私は「今」だからこそ、読む必要があると思います。





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今日、セバスチャンから花を

もらいました。

手紙もついていました。

これははじめてのことです。








お母さんありがとう(これは印刷文字)

いつも優しくしてくれて本当にありがとう。

これからも体に気を付けて仕事がんばって下さい。




思わず、

私「セバスチャン、ありがとう。

  ものすごく嬉しいんやけどな、

  『いつも優しくしてくれて・・』っていうところに

  お母さん、ちょっと違和感を覚えるんやけど・・。」


セ「ああ、母の日らしく書いてみたんだよ。」



やっぱり。



でも、ごく普通に漢字を使用しているというところに

私は新鮮な驚きがありました。




セバスチャンは私に

私は母に

母は祖母に

ありがとう

を贈った「母の日」でした。