しばし打てなくなるので、面白かったことを
打っておきたいと思います。


セ「お母さん、Kさんに会いたいんだけど。」

  なんで?

セ「ちょっとぉ、中島沙樹さんについて話したいんだ。」

メールしてみました。返事はすぐにきました。


  夕方だったらちょっとだけ寄れるらしいよ。

セ「本当?やった!!話したいことがあるんだ!!」

そして、Kさん到着。

セ「こんにちは!早く、部屋に入って!!」

部屋から楽しそうな話し声。
どうやら色んな声優のホームページをネットで見ながら
セバスチャンが解説しているようです。

セ「Kさん、中島沙樹さんどう?」

 うん。かわいいな。

セ「そうでしょ!!かわいいでしょ!!
  オレは、今、中島沙樹さんに萌え~なんだよ。
  清水愛さんはどう?」

  うーん、俺は好きじゃないな。

セ「なんでだよー。」
  
  タイプじゃないから。

セ「えーー!イマイチなのー!
  しょうがないなぁ。じゃぁ『ゆかな』を
  調べてみようかな・・。」


ひとしきり堪能した後、部屋から出てきたセバスチャンに
聞いてみました。

  セバさんよ、そんなに好きなんやったら、サイン会とか
  行ったらええのに。

セ「ひゃー!!恥ずかしーー!!」

  ほんなら、萌え萌え気分を満喫するということで、
  メイドカフェにスーパーガイドのK君と行くとか。

セ「それはK君が喜ぶだけでしょー。」
(K君、すまん!!)


その後、せっかくだからとみんなで夕食を食べに行きました。


セ「お母さん、食べ終わったんだから、だらだら話さないで
  ちゃっちゃと帰ろうね。」

  へーへー。
  (そして車を走らせること5分・・・。)

  ん?マック発見!!シェイク飲みたいから
  ドライブスルーに入ろう!!


セ「もう!!なんで寄り道なんかするんだよ!!
  急にそんなこと言わないでよ!!」

  すぐやんかー!!うるさいなぁ、もうっ!!

セ「なんでティッシュなんかいるんだよ!!」

  ・・・??

セ「なんでティッシュがいるの!!」

  はぁ?

セ「オレの言ってる意味、わからない?」

  うん。

セ「だからぁ、なんでティッシュなんか飲みたいの?」

そこにKさんがおそるおそる、

  あのぉ、それってもしかしてシェイクのことでは・・・。

セ「そう!!シェイクだ!!またしても日本語を間違えて
  しまった!!
  あーー、ボビーをやっちゃったよー。」


シェイクとティッシュ

「しぇ」と「しゅ」で間違ったのかなぁ?

不思議な耳だー。(笑)



* ちなみにセバスチャン、シェイクもティッシュも
  日本語とちがいまっせ。


昨日は、夜に仕事上の集まりがあってセバスチャンと過ごす
約束を祖母に「伝えておいて」と電話で依頼して、
キャンセルした。

小学校低学年の頃、予定は絵や写真で見せた。
変更は「事前に」見せて伝えた。

高学年になると、特別なこと(行事)は
絵ではなく、文字で見せて伝えた。
変更は前日か当日、見せて伝えた。
そうやって、徐々に伝え方が変化していった。

中学に入ると、見せて伝える前に聞くようになった。
聞き取る力がついてきたからだ。

この力は、それぞれだ。
この力が必要か、そうでないかもその人なりだ。
重度か、軽度か、中度か、ではない。
「○○ちゃんだから、できるんだ。」
でもない。
伝え方に正解はない。

私が言いたいのは、

決めつけてはいけない

ということだ。

子どもを、親が安心するカテゴリーの箱の中に
押し込めちゃいけないということだ。

苦手であると決めつけてもいけない。
その時は苦手であっても、年齢とともに変化するからだ。
我慢させて、無理矢理受け入れろというのではない。
自然と変化していくものもあるということだ。

その変化を親子で楽しむために、様々な手立てがあるのだと
私は思う。
手立ては、大切だ。
私もさんざんお世話になった。

そう。

「なった」

過去形なのだ。

今は、以前のような手立ては必要ない。
人に聞いたり、自分で調べたりしているからだ。

生き難さは相変わらずもっている。
でも、身体が不自由な人も、心が辛く苦しい人も、
生き難さは、もっている。
比べることはできない。
それぞれだからだ。

だから、セバスチャンが一際生き難いとは思わない。
本人もそう思っていないようだ。
悩むことも多いが、好きなことも多いので、
それなりにうまくバランスをとっていると思う。

*日本では、知的・身体・精神に障がいをもつ人を
 合わせて三障害と呼び、サービスを「イチゲンカ」
 (一元化)すると言う。
 それぞれの障がいをもつ人達とごく当たり前に
 お付き合いしてきた自分としては、
 何を今さら・・と思ってしまう。




専門家が見る今のセバスチャンは

・軽度の知的障害を伴う自閉症児

家族や学校の先生方、彼をよく知る周囲の人達は、

・何事にも一生懸命(過ぎる?)な、ちょっと融通の
 きかない本好き、テレビ好きの「男子」中学生

なのだ。



『光とともに・・・』を隣で読んでいる、セバスチャンに
 聞いてみた。


セバスチャンは、自分のこと、自閉症やと思う?

セ「うん。思うよ。」

じゃぁ、昔と今、どっちが自閉症が強いと思う?

セ「昔だね。昔は濃かったんだよ。今は薄いと思う。」


濃さできたか。

やるな・・。







前回の記事にセバスチャンの上機嫌っぷりを書きましたが、
自分自身でも読み返すとどこか腑に落ちないのです。

おかしい・・・。

このシーズンにセバスチャンが穏やかに過ごしている
というのは今までではあり得なかったことなのです。

「うーーん、なんでだろう?妙だ・・・。
 何かあるんじゃないだろうか?
 そうだ!!
 担任(普通級)のK先生に聞いてみよう!!」
 
ということで中学校に電話をしました。

クラス担任のK先生に聞いたところ、学校でも
いつもと変わりなく過ごしているそうです。

おかしい。
変だ。
妙だ。
なんか気持ち悪いなぁ。

K先生から、

「成長してるということです。」

簡潔で明瞭な一言でした。

クラスの話も聞いたところ、子ども達全体がとても
落ち着いているのだそうです。
(セバスチャンは一日のうち、数学以外は全て普通級にいます。
 無理にそうさせてているのではなく、彼自身の希望です。)

そういえば、学年通信にもこんなことが書いてありました。

        ~学年通信より~(いち部抜粋)

 ○組のいいところは、元気で明るいところです。就学旅行の
 ペーロンでは、団結力と元気と先生たちのやる気で勝つことが
 できました。水泳大会の全員リレーでは、セバスチャン君も
 見違えるような泳ぎでみんなの為に一生懸命泳いでくれて、
 1位になれなかったけれど2位になれました。
 2学期は悪いところを直し、良いところをもっと成長させ、
 ○組の学級目標である
 
 『仲間を信頼し、みんなでゴールに向かって
    突き進めるクラス』


 にしたいです。




セバスチャンは学校から出されるお知らせや手紙は全て読んで
から私に渡します。
この通信もしっかりと読んでいたのです。


彼が穏やかなのは、
落ち着いて過ごしているのは、

「人」や「周囲」が見えてきたからではないでしょうか?

先生を、クラスのみんなを信頼しているのだと私は通信を
読んで思いました。

そして

自分は必要とされているんだ

そういう思いをもっているのではないでしょうか。


いいクラスです。

いつもありがとうございます。