風邪をひき、一日寝込んでいました。
疲れがいっきに出てしまったようです。
いかんいかん。
自分の体はもっといたわらねば。(^_^.)

今、テレビで「博士の愛した数式」が流れています。

私はこの映画が好きです。
数学をこよなく愛し、80分しか記憶が持続できない博士。
セバスチャンのことが大好き、でも、会話の途中で記憶が
薄れる兄。

今日は、映画館で観た時と少し違った気持ちでテレビを見て
います。


セバスチャンは、園芸部に入りました。
毎日7時15分に家を出て、決まった時間の電車に、
決まった車両に乗り込み、毎日勉学に勤しんでいます。
毎月購入する雑誌も、
「テレビマガジン」から「声優グランプリ」に変わりま
した。
少しずつ、趣味も含めてライフスタイルが変わってきた
セバスチャンです。

今は第一回目のテストが近づいてきたので、帰宅すると
すぐに机に向かって勉強しています。
中学3年生の夏以降から、テスト前になると学習量を
増やすというパターンになってきています。

でも・・。
勉強を頑張ればかんばるほどに、次なる悩みも出てきます。

『数学がわからない』

数字アレルギーだったセバスチャンは、9年間算数と数学を
通常学級で学んでいません。
高校では、養護学級というものがないため、彼は「数学」
という大きな壁に今、ぶつかっています。

その悩み方は半端じゃありませんでした。
脅迫的な繰り返しの質問が止まらず、全く解き方のわか
らない数式の「答え」だけを必死で覚えようとするのです。

数式がわからなければ、問題は解けません。
理屈で言っても納得しないので、こう切り替えして
みました。

「セバスチャン、数学はな、足し算、引き算、掛け算、
 割り算からできてるんよ。
 まず、ここをクリアしないと問題は解けないんだよ。
 (紙に書いて見せる。)
 数学を教えてくれる先生を決まった時間に来てもらえる
 ようにすることができるよ。
 お母さんは数学のプロとちゃうねん。数学はプロに
 教えてもらった方がいいよ。」

セ「うん。わかった。先生に来てもらおう。」

これだけで、彼はウソのように落ち着きました。
足し算、引き算、掛け算、割り算はもちろん私でも教え
られます。
先日、二桁足し算を教えてみたところ、パターンを覚えた
のか、私より速く答えられるようになっていました。
「これはえらいこっちゃ、とうとうやる気になりやった。
 私じゃ無理やな。」
そう思いました。
私は数学が大、大、大嫌いなのです。
音楽は教えられますが、数学は愛していないので(笑)
彼にぴったりとくる教え方がわかりません。
だから、アヒルが何匹・・みたいな教え方ではなく
性格が温厚で口調が物静かな、パターンで教えてくれる
タイプの先生を探すことにしました。

そして、見事に見つかりました。
獣医志望の(笑)、数学が得意な温厚な先生です。


機は熟しました。
彼は、数学を学ぶ決意をしたのです。

眼鏡や電車通学と同じです。
必要に迫られると自分で決めて、動き出します。
そのタイミングを見つけて、背中を押すのが私の役目
なのかもしれません。

来週からカテキョー(家庭教師)に教わるセバスチャン。
一問一答方式で教わると、きっと面白いことになる
でしょう。


 
「お母さん、母の日だから手紙を書いたよ。」
そう言って、セバスチャンから手紙をもらいました。



         お母さんへ

いつも色々とやってくれたり、分からないことを

教えてくれてありがとう。

迷惑をかけて、困らせたり、けんかしたことも

あったけど、いつも僕に色んなことを教えてくれて

本当にありがとう。

それから、仕事もつらそうですが、がんばって下さい。





セバスチャン、ありがとう。

そうかぁ。

「教えてくれて」

なんだね。

見てるんだ。

感じてるんだ。

泣けるなぁ・・。


お店の話題から一変しますが・・。


今月は救急車の要請を何度したでしょうか。
そんな物騒な出来事が重なった月でした。

どこかの県で19歳の知的障がいをもつ青年が
餓死したという事件がありましたが、

「福祉はいったい何をしとったんや?」

と、テレビに向かって本気で怒りました。

3日に1回。母親は子どもの顔も見ず、買ってきた食べ物だけを玄関の前に置いてそのまま去っていたそうです。福祉事務所が今回のケースを知っていたにも関わらず「母親が入所施設に入るためのサインをしなかったので 保護できなかった。」というコメントがありました。しかし、よくよく聞くと母親が『指定した時間』に『指定した場所』に来なかったため入所手続きができなかった。ということだそうです。あほんだら!!話にならん。私も、物騒な事件や事故を担当することが増えてきたので、ニュースはいつも食い入るように見ています。「自分だったらどう動くか?」いつもそのことを考えます。先日、本庁の障害福祉課と福祉事務所と相談支援事業所の役割について、会議が開かれました。それぞれの機能をいかに連携して活用するかが議題に上っていました。連携が取れれば、驚くほどのスピードで深刻且つ緊急なケースも解決できます。数日前、急がないと事件になるというケースを関係者で役割分担して、早期解決しました。役所も大変であるという温度さえ伝われば、必死で動いてくれます。要は、発破のかけ方でしょう。事件や事故になりそうなケースは複合的に問題を抱えている場合が多いため、様々な関係者を召集しなければなりません。たとえば、生活保護のワーカーであったり、保健センターの精神担当のワーカー、高齢者担当のワーカー、介護保険のケアマネなどそれぞれの担当者と連絡、調整を取りながら動くと「連携の取れた分業」になりますので非常に仕事も速いわけです。正直、緊急ケースについては自立支援法の中での相談支援のあり方は「絵に描いた餅」だと思っています。スピード感がないのです。相手は、明日死ぬかもしれない。一人ではなく、無理心中を図るかもしれないのです。悠長なことは言っていられません。会議も即日開いてその日のうちに動かないと間に合わないのです。人知れず暮らし、大変な状況になってから相談に来られる、若しくは近隣から相談される在宅のケースが「今は」多いため、まずは問題となる膿を出して次から同じような事が起きないように生活面を改善して予防するという方法をとることが多いのですが・・・。いやはや、半端じゃないほど厳しいケースが多いため気持ちが撃沈しかけたことが何度あったかわかりません。事件や事故を予防するというボーダーラインでの仕事は精神的ストレスがすごく溜まります。「私がこの人を(この家族を)・・」という使命感に駆られて仕事をすると、確実に病みます。全て拒否か100%の依存。「わかりました。」と言いながら、声は届いていない。「わかってもらえた。」は、支援者の自己満足。暮らしに見通しが立っていても、希望的な状況が見えていても、直前で自らが破壊してしまう。ふっと「先」が不安になるのだそうです。どうせまたダメだろうと思ってしまうのだそうです。自分の足で一歩踏み出す力がもてない、何をどのようにしたいのかという希望もない。(わからない)毎日気持ちが動く、揺れる、疲れる。そういう人もいます。一人じゃないという声も届かない。そんな時期もあります。死の淵にいる人は具体的な解決方法だけでは止められません。思いだけでも止められません。客観的な視点をもち、チームをつくって冷静に対応する。専門機関(医療)も巻き込んで。引っ張り過ぎない。引っ張られない。そして、連携をとる。これが鉄則です。崖っぷちから始まる予防から、もっと前の段階の予防へ。相手あってのことなので、現実はなかなか厳しいですが希望を捨てずにこれからも向き合っていきたいと思います。