
その時、その前にサンキュータツオ氏の「国語辞典の遊び方」の中にあるこの辞書を読むきっかけとなった項を読んでみようと思いました。
そこには「基礎日本語辞典」の著者である森田良行氏へのインタビューが載っています。
その前半にはこうあります。
ここから
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コラム
『基礎日本語辞典』著者
森田良行先生にインタビュー
もっと多くの人々に読まれるべき名辞典として、私がいろんな人に勝手に推薦し続けている辞書『基礎日本語辞典』。この辞書のことは198ページで詳しく紹介していますが、その存在は、残念ながらまだ多くの人には知られていないのが現状です。しかし、日本語教育の現場などではバイブルとも呼ばれるほど、知る人ぞ知る伝説の辞書です。
この辞書は、一九七七年から八四年に角川小辞典シリーズとして刊行された『基礎日本語 意味と使い方』という三巻の本を基にして、八九年に加筆修正され、一冊にまとめられたものです。最初の小辞典が刊行されてから三〇年以上経った辞書ですが、私は、その需要は近年急速に高まっていると感じています。
理由のひとつは、日本に来る外国人が増え、日本語学習者が今後も増え続けることが予想されること(日本の人口が減り、外国人労働者を受け入れていくほかないので)。
もうひとつは、日本人に向けた日本語の基礎語の教育が必要になってくる、ということ。
ことばは生きているので、時代によってその姿を変えます。情報化社会となっている現在、年々そのスピードは速まっています。しかし、この辞書に載っている基礎語はどんな時代になっても決してなくなりません。どんなに意味が広がろうと、「中心にある意味」を押さえておけば、そのことばの変容に柔軟に対応できますし、表現の幅も広がります。
そこで、この非常に重要な辞典がどういう意図でつくられたのか、著者の森田良行先生(二〇一三年現在、御年八三歳)にお話をうかがう機会を得ましたので、レポートしたいと思います。
1 誤用からの発見
森田
日本語の基礎語、なかでも和語について重点的に扱った辞書を、というお話を角川書店からいただきました。当時は、外来語、擬音語・擬態語、漢語に関しては別の先生が書くことが決まっていて、私が日本語学と日本語教育に携わっていたこともあり、和語以外でも重要なことばは少し入れましたが、和語を中心に書くことにしました。
「(日本語教育の)初級を教えている現場の先生方が使える辞書を」という理念をもって作りました。当時はそういう辞書がなかったんですね。
たとえば、「この本はまず二千円はするだろう」という文の意味を教えるとき、外国人に「まず」を「だいたい」「おおよそ」という意味だよと教えると、本の値段を尋ねるときに「この本はまずいくらですか?」という誤用をする学生が出てくる。そういう誤用をどうやって防げばいいのかということを考えたとき、基礎語についての他の語との意味の違いや使い方をきちんと書いた辞書の必要性をずっと感じていたんです。
この仕事はまさに、日本語学と日本語教育の両方に携わっていた森田先生だからこそ成しえた仕事です。森田先生が日本語教育に携わっていた時代は、日本語教師の立場は非常に低いものだったそうです。国語の教員からは下に見られ、立場も、非常勤講師よりも低い嘱託という形でした。しかしその現場で得た知見が、この辞書に活きているのです。
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ここまで
「(日本語教育の)初級を教えている現場の先生方が使える辞書を」という理念があったんですね。
日本語教育能力検定試験の勉強をしている私が理解しやすいと感じるのもそのせいなのかも知れません。
『一人で著した』という辞書についてのその意味についてはこのコラムの続きに書かれていますが、私は偏りができてしまうのではないかと心配していました。
しかし、一人だったからこそ曖昧にならず、一定のレベルが維持できているのだと思うようになりました。
コラムの最後に、サンキュータツオ氏はこうまとめています。
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私は、この辞書を、日本語教育の現場だけではなく、日本の国語教育の現場でも、活かして欲しいと思います。一日五分の読み聞かせの時間などで一語ずつ紹介するだけでも、真の「日本語力」の育成に役立つだろうと信じて疑いません。
本物は古びません。ぜひ一家に一冊、この辞書を置いてほしい! 魂の一冊です。
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まさに魂の一冊❗️
一日一語ずつでも理解していきたいと思います。