靱公園@大阪市西区 にある銅像、「勇者に栄光あれ」。
明治23 [1890] 年に大阪で生まれ、昭和25 [1950] 年に亡くなった彫刻家、大国貞蔵(大國貞蔵)の大正13 [1924] 年の作品。
説明版(碑文)*によれば、テーマはゼウスの子「メルキュール」らしいです。(ほんとは縦書き)
* 彫像「勇者に栄光あれ」について
大阪市はいま、緑化百年運動を展開し
てうるおいのある健康な緑の町つくりを
進めておりますが、さらに大阪の町を文
化の香り高い格調のある町にするために
この運動の一環として町に彫刻を飾る計
画を進めております
この彫像「勇者に栄光あれ」は昭和四
十二年八月東京都港区の野村文英(野村
證券創設者野村徳七氏令孫)さんがこの
計画に協力して大阪の文化性を高めるた
めにと寄贈されたものです
帝展審査員大国貞蔵の作(大正十三年)
でギリシヤの神話にでてくるゼウスの子
メルキュールが天に羽ばたく姿をあらわ
したものといわれています
ここに野村氏の御芳志に深く感謝の意
を表し、市民の皆さんと喜びを共にした
いと思います
昭和四十三年四月八日
大阪市
メルキュールは、ギリシャ神話でいうヘルメス、ローマ神話でいうメルクリウス(英語だとマーキュリー)のフランス語読み(からのカタカナ表記)。ヘルメスは、オリュンポス 12 神の 1 柱。
靱公園からちと離れて、メルキュール像を1つ探してみました。 http://www.shutterstock.com/language.ja/pic-8903989/stock-photo-statue-of-mercure-on-top-of-a-building-in-ljubljana.html
スロベニアの首都リュブリャナにあるらしいです。(↑)
そう言えば、この神の像やシンボルマークは、日本だけでもかなりあちこちにあります。 ←『へび』調査隊さんのおもしろサイト「蛇の目ってなんぞや?!
」の中の労作「メルクリウスの校章・学章」を参照。
前置きが長いですが…
さて、大阪は靱公園の「勇者に栄光あれ」のメルキュール像は、こんな感じです。


メルキュールは、上のほうの、翼を持っているほうだと思われます(そりゃそうだよな)。
メルキュール、つまりヘルメス or メルクリウス(マーキュリー) … といえば、翼のついた帽子(ヘルメットみたいな)、サンダル、そして2匹の蛇が絡まった杖(ケーリュケイオン、カドゥーケウス)など、よく身につけているけど、この像では、そういうものはありません。
最初見たときは「生まれたて?」と思いましたが、どうなんでしょう。なんか、胸がふくらんでいるように思えるのもフシギな点です。
ところで、下にいるのは誰なんでしょう? 勇者? いろいろ考えましたが、結局よくわかりません。唯一のヒントは股間のいちじくの葉か(笑)。
下の方のお顔を拝見したいのですが、この彫刻の台座の高さがわたしの目線くらいなので、到底かないません。。(ARドローンがあれば、撮影できそうですが。)
それはあきらめ、像全体をいろんな角度から撮ってみました。
(これ↑は5月末に撮ったもの。向こうが公園東口=四つ橋筋側。) 

2012-9-21 16:00パノラマで遊んでたらぶれぶればかりだったので、試しに真ん中だけ嵌め込み!
大国貞蔵について、参考になるサイトを2つほど。
・ 平成18 [2006] 年、大阪歴史博物館で「大國栢斎(おおくにはくさい)と大國貞蔵(おおくにていぞう)」の展示があったようで、その時の記録。 →☆
・ 『日本美術年鑑』の物故記事。 →☆
物故記事にもあるように、大国貞蔵の作品でおそらく最も有名なのは、大阪ビルデイング(ダイビル玄関上部のレリーフ「鷲と少女」でしょう。でもこれは、2009年のダイビル解体により、現在は見られないようです。 (詳しいことはよく知らないんだけど、2013 年春完成予定の高層ビル、中之島ダイビル・ウェストに何らかの形で再現されると書いてる人もいる。)
旧ダイビル(@中之島、関電本社近く)は、残念ながらわたしは全然馴染みがなかったんですが、大国貞蔵の「鷲と少女」は、ダイビルというレトロ建築とあわせて、非常に多くの人に愛されていたため、多くの人が解体を惜しんでいます。今さらですが、何とか保存できなかったんでしょうかね…旧ダイビルそのものを。
かつて、東京の日比谷ダイビル(大阪ビルヂング)も第1号館、第2号館と解体されたようですが、そこにはやはり、125 個(鬼面 104 個、獣面 21 個)のテラコッタと、大国貞蔵の作品である 「女神像」、「勇士像」があったそう。その一部は、今も跡地に展示されているというから、大阪のほうもそうなるのかな…![]()
それにしても、大国貞蔵については、もっと知りたくてもあまり資料が見つからなくて残念。わたしの調べ方にも問題があるのかもしれないですが。![]()
最後に、地図をペタリ。

赤○が、今回の「勇者に栄光あれ」像のあるところ。
(3つの青○は、これまでここでピックアップしたことのある橋(桜宮橋、難波橋、昭和橋)です。)
次の写真日記では、中之島にスポットを当てたいと思ってます。
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なぜかなかなかアップする気にならず、何カ月も下書き状態で抱えてしまってた記事のうちの1つ、ようやく放出。すっきり。
ところで、この記事とは関係ないけど、復元(復原)されたというニュースが今話題の、元は大正 3 年完成、辰野金吾作の元祖東京駅、早くじかに見てみたい
(できれば、記事中の、彫刻群@日比谷も。)
思い起こせば、わたしが初めて東京に行ったのは1988年2月だったはず…。或る親切な母娘(娘さんとは友達だった)にくっ付いて、受験で夢の東京へ。とてもよくしてもらって、晩はその方の持ち家に泊めてもらったし、わたしはその娘さんとは受ける大学が違ってたのに、そこのお母さんはわたしのほうに(もちろん途中までだけど)付いてきてくれたと記憶している。
実はそこの母娘とうちの母娘とは少し似ていて、そういうこともあってその娘さんとわたしはとても仲が良かった。…東京と言えば、わたしの記憶の中では、東京に憧れるきっかけになった村上春樹と、この友達のことが、最古層をなしている。(その友達とは音信不通になってるんだけど、ずっと心残りがある。)
その後東京に何度行っただろう。わたしが親しみをもって見ていた(喜んで写真も撮った)建物は、1947年~という、八角屋根の東京駅だったと思う。八角屋根の駅、大好きだった。(これを旧東京駅と呼びたくなるんだけど…ややこしいからやめとこ(笑)。)
元祖東京駅。じかに見たらどう感じるかなぁ。とりあえず楽しみにしとこう。
