わたしが生徒・学生だった頃、教師業の人について感じていたこと | なんやろのブログ

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今朝コメント を書いてて、↑タイトルにあるような内容について、ひとつ改めて記事を書いておこうと思いました。(これも自分の整理欲求より。)


タイトルの内容に関して、単刀直入に言うと、教師をしてる人は、なりたくてなったのか、なってしまったのかは知らないけど、現にそれで生活しているわけだから、自分の担当教科(※中学以上の話)について「完璧」、とまでは行かなくても、生徒のレベルからすれば「完璧」側にいてるのは当然だろうということ。(「であるべき」という意味ではなく、きっとそうなんでしょうという意味で。) そしてそれは或る意味ずるいというか、その位置から生徒の状態が理解できるわけがないということ。(ひとは、或る状態を乗り越えたら、その前の未熟な状態の自分をきれいに忘れてしまうものだと思う。折にふれて思い出すことがあったとしても、基本的には「別の自分」になっているのだから、白紙状態みたいな最初の自分のことは忘れている=生徒の状態は理解できない、というのがわたしのなかの信念としてありました。)


生徒・学生は毎年入れかわっていくけど、教師はそのポストで、うまく行けば定年まで何度も繰り返して同じこと(細部は変化していったとしても)を教えていくわけだから、飽きるだろうなということ、あほらしくなるだろうなということ、それなのに仕事だから繰り返し同じようなことをやって大変だなということ、そして結局はずるいということ(笑)。…そういうふうに、大体いつも見ていました。


(そんなことない、教える相手が毎年変わるのだから、たとえ同じことを教えるのでも、全然違うんだよ、と言う教師がいたとしても、「そういうのはきれいごとで、そう感じる自分が好きなだけでしょ、作ってるでしょ」みたいに思っていました。)


以下は、ほんとに自分の整理欲求より。そういう信念を持つことになった自分の、まずは子供時代。


わたしはひとりっ子だったし、実家の近所はがらんとした田んぼで、まわりに遊べる子もあまりおらず、祖父母とはほぼ没交渉、両親もほとんどわたしを構わなかったので(母は、父とのトラブルや人間関係の悩みなどから、いつも自分の睡眠・食事がままならないほどだったし、おまけに書道塾を自宅で開いてあたふたしていた)、野性児みたいな野蛮な子供だったように思います。


ままごと遊びをした記憶もあまりなく、絵本を読んでもらった記憶もあまりなく、かといって男の子がするような遊び(プラモデルとか?昆虫採集とか?)には全く興味がなく、一体何をして過ごしていたのか…とにかく、内向的でなかったことは間違いありません。どちらかと言えば、奇行が目立つタイプ(笑)の、良くて活発な子、悪くて問題児だったようです。


小学校では、高学年のときの担任だった女性のベテラン教師が、いちばんよくわたしを理解してくれたように思います。学校の成績は悪くなかったし、友達とも普通に遊んでいた子だったので、ちょっとした奇行は大目に見てくれていた感じで。それまでの担任からは、さんざんな扱いを受けていましたから…(はっきりと覚えていることは少ないのですが、母からの話や、自分の持つ漠然とした印象として)。


受験して遠くまで通うことになった国立中学(教育大学附属系)では、教師は最悪でした。もちろんわたしの完全に主観的な評価ですが、ほとんどの教師が「趣味人」みたいな人で、とにかくお気楽な感じでした。自分にもやさしいし、生徒たちにもやさしい、とにかく理想だけを求めて、ふわふわしているような、妙にマニアックな人たちで、時代もあったとは思いますが、少人数制の国立中学なのに学校は荒れに荒れていました。3年になる頃には、クラスでも、学校に毎日まじめに通ってる子が限られていたので、わたしも友達の家で遊んでいました。(学校のある市内の友達の家。その市までは毎日はるばる通ってたけど、必ずしも学校に行ってたわけではない。)


中学の頃はわたし自身とにかく荒んでいて、例えば家に出入りするおばさん(訪問販売みたいな人とか)から、「この子はカルシウムが足りない」と(母が)しつこく注意されていたのをなぜかはっきりと覚えています。


そういう荒んだ目から見てるせいか、趣味のようなマニアックな授業をして悦に入ってる教師たちに対して、彼ら・彼女らの自己満に付き合わされてるという感覚しかありませんでした。(教師が役者、生徒が観客、授業が舞台だとしたら、そういう「お芝居」に付き合ってあげてる感じ。)



教育実習生たちに関しては、写真を思いっきり撮ってあげました。カメラが既に趣味だったので、普段から普通に、学校にも望遠レンズまで持って行ってて、友達が狙ってる先輩など(笑)、ブロマイド風に盗み撮りをしてあげてたんですが(もちろん、断って撮らせてもらったこともあるけど)、その延長で、教育実習に来た大学生のにーさんたちのブロマイド写真もたくさん撮ってあげました。将来教師になる人としては、全く見てなかったし、実習生たちも、とても軽い遊び人みたいな印象が強く残っています。


高校だけは唯一自分の行きたいと思ったところで、学校についての(自分のなかでの)印象は良いのですが、やはり教師に対しては、正直、良い印象がほぼ全くと言っていいほどありません。仕事なんだなぁ、大変ですねぇ、という印象しか。ほんと、女子校(と言ってもいろいろだろうけど、わたしが当時通っていたような女子校)で教える先生には、同情します。


大学・大学院で接した教師たちの印象はもっと悪いです。(この「悪さ」については、いずれまた、改めて少しずつ記事にできれば…と常々思っています。)



ただ、繰り返しになりますが、こういう「さいあく!」という印象は、わたしにとっては正直なもので、もっと口汚く罵ることはできるんだけど(そういう気持ちもいまだに残っている)、あくまでわたし個人の主観によるもの。もしかしてそれ自体(わたしが出会った教師たち)が「汚れてる」のかもしれないけど、こちらも相当汚れたフィルターで見ているから、さらにどす黒いものになってるんです。


そのことに本気で気づいたのは…やっぱり自分が大学院の頃かな。自分が教える場を持ったことも大きいかもしれません。


わたしのような「悪い」生徒・学生がいる現実があるから、わたしは教師業はこわいとずっと感じていました。でもそれをやらざるを得なくなり、自己改造もしないといけなくなり…ようやく、フィルターの汚れがだいぶ落とせました。


わたしは、かつて母の教室の生徒だったような、そして生徒の母親らもうちの母を「先生、先生」と呼ぶような感じのネットワークに縛られて、30過ぎまで実家で子供たちに勉強を教えていたんですが(わたしの母がどうしても仕事の斡旋をやめないから)、「ほんとはわたし、先生なんかしたくないんですよ!」と、相手の母親にもよく訴えていました。



「なんでー、○○ちゃん、勉強得意やろ? 勉強好きでなくても、できるんやから大学行けたんやん、うちの子もわかりやすいって喜んでるんやから~」


「いやでも、ほんと、わたし自身、あまりいい生徒じゃなかったから…自分がひとに勉強教えてるって、自分でなんか変やと思うし」


「なに言うてるん!優等生なんかに教えられたら、うちの子なんかはあかんねん、○○ちゃんみたいな人こそ先生になったらええねん、ほとんどの子が、うちの子みたいに出来悪いんやから、○○ちゃんは、そういう子の気持ちもよーわかってくれるやろ?だからええんやん」(と、説得される)


…みたいな会話を、よくしていました。



かつて「優等生」だった生徒・学生は、勉強があまり得意でない子の気持ちがよくわからない、というのは、或る意味真実かな、と思ったりもします。そういう人は、本当の「エリート」候補生を相手に、ピラミッドの頂点を目指して指導するのが適材適所かな、と。(大学では、そういう「優等生」タイプにたくさん出会いましたが、そのときの実感です。)


勉強があまり得意でなくても、勉強以外に目標があって、実際にその目標に向かって打ち込んで自分を鍛えているなら、勉強は或る程度不得意のままでもいいと思います。


勉強があまり得意でなくて、ほかに特に打ち込めるものも持ってない子供が、やっぱり多いと思います。(自分が生徒の頃もそう思ってたし、自分が教えるようになってからはもっとそう思った。)


そういう子で、なかでも家族(特に親)にあまり恵まれず、野放しみたいになってる子は、やっぱり先生との出会いが大切だ、というのが、わたしが学生の頃からの変わらぬ思いです。(まわりの学生からは批判されたことのある考え方だけど。)


そういう子は、集団指導よりも個別指導のほうが効くから、そういう子を個別に教える場を持ちたいという思いも、少しあるけど…軽い気持ちでは再開できないから、今はまだちょっと思ってるだけです。(そういう意味ではほんとうに、先生がもうアイデンティティの一部みたいになってしまったのかもしれない。)


わたしが改めて最近思うのは、いわゆるAC(日本的な意味でのアダルトチルドレン)の子がやっぱりかなり多いんだろうな、ということ。自分はちょっとズレるかなということ(うちの母の方がそれに近い)。ACの子を「再生産」しないようにするには、何がどう変わればいいんだろう?ということです。