一番初めから投稿を見たい方は、

 

 

次のデートは、私の一人暮らしをしている横浜でデートをした。

ゴリラの鳴き声の話をしたことしか覚えてないが、

とても楽しかったのは覚えている。

 

その日の夕方彼から告白される。(急展開)

彼「好きです!」

私「え。。。。ありがとう。」

 

会話終了

 

この会話が終わった後に夕飯を食べていた。(どういう状況?!)

 

なんで私が「ありがとう」とだけ、言ったかには深い理由がある。

大学時代に出会ってきた彼氏たちはモテ男かつ浮気男だった。

 

浮気男がいうには、「付き合ってください」と言ってない=付き合ってないらしい

なので、この人も、好きですだけだったから、これは付き合ってください

ということではないのだなと思い、ありがとうとだけ返した。

 

そんな事情も知らない彼はフラれたと持ったらしい。

 

夕飯を食べている時に、「二人で思い出作りたかった」と

彼が言った。「え?思い出?」と私が疑問に思い、

浮気男のエピソードを話した。

 

彼は、正座をして、

「好きです。付き合ってほしい。」と言い直した。

そして、私は付き合った。

 

そして、この彼との出会いが私を変えた。

この彼とは6年半付き合い(内6年は同棲)

結婚している(現在は結婚して2年経つ)

 

付き合いたての時の私は、

かなりのメンヘラで、恋愛依存だった。

この彼はそれを全て受け止めてきた。

 

 

次回 >> 恋愛依存。メンヘラの私を支える彼

 

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二人の初めてのご飯は「品川駅」の名前も覚えてないレストラン。

知り合いに会いたくもなかった私は、

全然いったことのない「品川駅」を選んだ。

 

待ち合わせの品川駅で待っていると、

相手からも着いたと連絡があった。

 

いつもならドキドキするはずが、この時はしなかった。

なんだか、友人に合うような感覚に近かった。

 

みどりの窓口の近くに彼はいた。

 

サンダルにハーフパンツ、Tシャツに、バックパックという姿で立っていた。

どこかの国にでも行ってたのか?という格好に、こんがりやけた肌の少年。

世の中の人がどういう反応するかわからなかったが、

私にとっては、「え!なんか良いやん!今すぐ旅に出れそう!」と

感じたのは覚えている。

 

初めましてと挨拶を交わし、二人で向かったのは

品川駅に入っているビルの上の階のレストラン。

 

大学四年の二人はまだまだ夢を語ったり、

今まで行ったことある海外の話や趣味の話を

たくさん語った。

その時、「あー私この人と結婚しそう」と思うぐらい楽しかったのを

覚えている。

彼も自分もお酒が入っていたこともあり、

「運命だね。」と言い合った。

初対面で、昨日メッセージのやり取りをした二人とは

わからないぐらい、価値観がマッチしていた。

 

その日は、バイバイして、次の週にまた会う約束をした。

 

 

次回 >> まだまだ続く「この出会いが人生を変える」

 

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マッチングアプリでは自分なりのルールを決めていた。

「外見を重視しない人と出会うこと」

全身の雰囲気の写真だからこそ、

誰とやり取りしても何ラリーかした後に、

 

「顔写真みたいな^^」

「顔写真見せて」

 

はい、きました。

即ブロック。にしていた。

 

そんな風にしていると

トークルームはいつも0に近かった。

 

当時は、タップルをやっていた。

ペアーズが圧倒的に真剣な恋愛向けだったが、

なんとなく、2位ぐらいの人気の方が落ち着く

という理由のない自分の好みから、「タップル」を選んだ。

 

当時のタップル(2013年ぐらい)は

一問一答というのがあった。

今でもスクショをとってあるぐらい印象に残っている。

時間もあった私は一問一答にかなり答えた。

 

そうすると、毎日10名本日のおすすめが表示された。

(確かマッチング度が高い人が10名表示される仕組みだったはず(うろ覚え))

 

そして、初めて1〜2週間の時、

本日のおすすめで出てきた人が、趣味合いそう〜!と感じ

メッセージのやり取りをした。

 

すると、その日向こうも時間が余ってたおかげで、

いくつか会話を(チャットで)しっかりすることができ、

「会おう!」と私から誘った。

向こうも乗り気で、会うことも決定したが、、

「あれ!顔写真見せてないけどいいかな」と逆に不安になった。

けど自分自身が決めてたルールでは、言ってきたらNGだったし

良いか!と思い、会うことにした。

 

予定調整した結果、マッチした次の日に会うことになった。

 

この間もずっとご飯はダイエットご飯を食べていた。

「痩せたい」の呪縛からは解き放たれることはなかった。

 

次回 >> この出会いが人生を変える

 

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一度全てをリセット。

 

そんな時、親友が1週間私の家に泊まった。

「一緒にマッチングアプリ始めよ!」と提案してくれて、

マッチングアプリを始めた。

今でこそマッチングアプリは結婚相手を見つけれるものに

なっているが、当時はマッチングアプリをやっていると

堂々と言えない時期だった。

けど、親友とだったら秘密も共有できるからこそ、

楽しく始めることができた。

 

誰にも知られたくないから顔写真は載せずに

雰囲気がわかる程度の全身の写真を載せた。

 

横浜の赤レンガの前に、羽の絵が書かれており、

そこで撮った写真を載せた。

 

1週間どんな人とマッチングしたとかを

親友と報告しながら、楽しんだ。

中学からの親友と過ごす日々で、自分自身を取り戻せた。

当時大好きだった「BUMP OF CHICKEN」のライブで

神戸に行く計画を2人で立てた。

 

親友が帰ると、部屋が寂しく見えた。

新しいアルバイト(百貨店の子供服)を見つけ、

マッチングアプリも日々見ていた。

 

 

次回 >> マッチングアプリでの出会い

 

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料理のアルバイトをして、朝から晩まで働いた。

大学四年。バイト漬けをして、何をしたかったか。

 

考える時間を無くしたかったのかもしれない。

考える時間があると、考え続け病んでいく。

 

そして、自己肯定感の低い彼氏と依存し合っていた。

今とても感謝しているが、彼にはそっけなかった私は、反省している。

 

家では食事を取らなかった。

賄いで太っていく自分。1日働いても1キロも痩せない自分。

「なんで?なんでこんなに働いて食べてないのに、痩せないの?」

怒りに代わっていった。

 

摂食障害になってから気づいたことだが、

キレ症になった。何でもかんでもすぐにイラついてしまう。

 

自分で言うのもなんだが、私はかなり優しい性格をしていた。

自分自身も人生でイライラしたことがほとんどなかった。

ただ、食事が乱れ、食べないことが増えていった日々。

痩せた姿にしか喜びを得れない自分。

 

「そんなことで?」ということにまでイライラし始めた。

 

食べては下剤を飲むを繰り返していた。

下剤は怖いはずなのに。

食事を抜いた後は、過食でたくさん食べて、吐いてを繰り返す自分。

 

お金がなくなっていくのが嫌だった。

そして、彼氏に会う理由が、食事を奢ってもらうのが目的になりつつあった。

「好き」と言うより、誰かに私を想ってもらいたかった。

ご飯を奢って欲しかった。

 

この頃から、お金も欲しくなった。

吐くものにお金を払うのが嫌だった。

 

そんな時だった、摂食障害で万引きを繰り返した

元女子マラソン日本代表の原裕美子さんの記事を見た。

はっとした。私これじゃないかなと。

それまで摂食障害と自分を思っていなかった。

 

そこで自分自身が摂食障害であることを知った。

どうしたら良いかわからなかった。

 

治したい。けど、料理のアルバイトをしている限り無理ではないか。

そこで、私はアルバイトを辞めた。

 

そして、彼氏に最悪なことを言って別れた。

あなたとはご飯を奢ってくれるから付き合っていた。

好きではない。

 

こんなひどいことを言った自分。

反省している。

 

 

次回 >> 私を変えてくれる人に出会う。

 

一番初めから投稿を見たい方は、

 

入院中は厳しく食事を管理されていた。

間食はせず、3食規則正しい食事を食べていた。

 

腸を切ったのにも関わらず、私の思考は治らなかった。

 

病室では、隣のベットの人がカーテン越しではあるものの、おせんべいをバリバリ食べていた。

その匂いとその音から、脳が凄まじく欲していた。

 

「食べたい」

 

その思いが強く、退院してすぐに向かったのは、コンビニだった。

食べたかったスナック菓子を購入して、食べながら、親戚の家に帰宅した。

 

そして、食べ過ぎた私は、またすごく後悔をした。

 

大きな後悔は食事に影響する。

ご飯を抜こう。

 

誰の監視下にもいない私は自由。

親戚の家も出て、今まで過ごしてきた一人暮らしの家も引っ越しをした。

 

そして、新たな一人暮らしの場所で、料理のアルバイトをした。

調理場でのアルバイト。

ここで人生で感謝している恩人に会う。

(それもまたいつか書きたいな)

 

食べ物を取り扱う仕事になり、美味しい美味しい賄いを食べ、より一層「食」への考えが、悪い方向にいってしまった。

 

アルバイトを始めたと同時に、彼氏ができた。

自己肯定感の低い彼氏と自己肯定感の低い私は依存し合った。

 

次回 >> 摂食障害は続く。病みの時代。

 

一番初めから投稿を見たい方は、

 

手術をした腸は治ったが、心の真の部分はすぐには治らなかった。

 

リハビリをして、病室では、嘆いていた。

なんでこんなことになったのか。

自分の人生を振り返っていた。

 

もう一度人生をやり直すにはどうしたら良いのか。

 

母を恨んだ。父を恨んだ。

自分の人生そのものを恨んだ。

(家庭の事情は複雑すぎるのでいつかブログを書きます)

 

「誰かに認めてもらいたい」

「誰かに愛してもらいたい」

 

中1で実家を出て親元を離れた私は愛に飢えていた。

綺麗になれば、愛してもらえる。

私だけを見てもらえる恋人が欲しかった。

 

自己肯定感を他人に埋めてもらいたかった。

 

友人で彼氏がいる人は、すごくすごく幸せに見えたからだ。

 

「家族」が欲しかった。

 

痩せた時、みんなが認めてくれたと勝手に思い込んでいた。

けど、そんなこと気づくには中々時間がかかった。

 

病気で手術をした。辛かった。これを機に治ると思った。

そんな簡単な病気じゃないと今だったら言える。

治るまでにとても長い時間をかけた私。

 

「明日からみんなのように食事を楽しもう。」

そんなふうに思えるまでには、時間がかかる。

それを伝えるために、このブログを始めた。

 

1人でも救いたい。

自分が思っている以上に、深刻な病気だから。

 

摂食障害。死にもつながる病気だと私は考える。

 

「食事」何気なく毎日していることだが、それはとても重要なこと。

 

 

次回 >> まだまだ続く摂食障害。

 

夜中に目覚めると

激痛が走った。

看護師さんが動き回り、点滴を変えてくれていた。

 

痛いです。。。

 

そう嘆くと看護師さんが優しく、対応してくれた。

再度眠りについた。

 

目覚めると病院の天井だった。

ドラマで見るような視界だった。

 

痛いな。

背中に麻酔?を撃たれており、

すごく痛かったのを覚えている。

 

トイレに行きたいと看護師に伝え

歩くと、意識が飛んでしまった。

 

貧弱になった自分。

何をしているんだろう。

それ以外何も考えられなかった。

 

食べたい。

 

医師の見回りで来てくれた時に、それだけを伝えた。

先生は2日間は断食なんだ。ごめんね。

 

断食か。。

何か食べたいのに。

 

ただ、先生の意見に従った。

何も食べてなく、体力もない状態。

 

病院に美味しんぼが置いてあって、ひたすらそれを読んだ。

携帯を開くと、沢山の着信やLINEが入っていた。

携帯を閉じた。

 

これからどうしよう。

1から人生をやり直すことを考えた。

 

 

 

腹痛は治らなかった。夜も寝れないぐらいの腹痛だった。

 

苦しい。痛い。

 

次の日病院に小さな病院に行くと、お腹の風邪だと言われる。

そして処方された薬を飲むとより痛くなってしまった。

 

汗が出て、熱も出た。

痛い。痛いよ。

 

しんどい中ずっと戦っていた。

意識も朦朧となっていた。

そして腹痛が起きて2日後の朝、大きい病院に行った。

 

あまりの腹痛なんです。診てください。

 

と受付で言うと、苦しくて、座り込んだ。

車椅子で看護師さんが移動してくれた。

 

気づいたら横になっていた。

先生が説明を始めた。

 

手術が必要だと。

大腸が小腸を食べてます。

 

え?

 

理解も進まないまま、手術の同意書にサインをした。

親戚も同意書を書いてくれた。

 

全身麻酔と共に意識がなくなった。

 

 

市販の下剤の闇。

 

1錠から始めた下剤。

過食した後は、下剤を飲んだ。なんだか心が安心したから。

それなのに全然便が出なかった。

 

1錠だから足りないのかも。

2錠3錠に増やしていった。

 

全然出ない。

 

親戚の家はトレーニングルームがある高層マンションだった。

トレーニングルームでひたすら走る。

 

お腹が減って結局食べる。

163センチ62キロ。

お腹は常にパンパンだった。

 

気持ち悪かった。

そして、何もなくなった自分。

涙は止まらなかった。

 

そしてGW。

親戚の友人がきて、みんなで焼肉を食べた。

たくさん食べて食べて食べまくった。

お酒も沢山飲んだ。

 

そして親戚の友人と別れて、親戚は先に家に帰り

自分だけコンビニに寄って帰った。

 

その帰り道。

気持ち悪くなり、吐いてしまった。

吐いてしまった時に感じたのは、喜びだった。

 

全てリセットされた....!!

それが心から嬉しい瞬間だった。

今思うと異常だが、今でも思い出させるぐらい

喜びに満ち溢れていた。

 

その夜に起きた腹痛が、人生を変えた。