babynaoの不妊治療日記

babynaoの不妊治療日記

終わりの見えない不妊治療日記。
とにかくひたすら祈りつつ、信じつつ、
同時に執着しない生き方を模索中。
治療の詳細をまとめていますので、
何かお役に立てば嬉しいです。

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すいませんご無沙汰してました。


そうそう、それで慶應にて早速卵巣嚢腫の診断を仰いだ、nao。内診をすると、やはりあいも変わらず8cmほどの大きさ。(これは巨大といってよい大きさなんですね)


人によってはこの大きさでも経過観察をするらしいけど、とにかく一刻も早く治療を開始したいので、涙ながらにとにかく早く妊娠したい旨を訴える。


これがねぇ、本当にいい先生で。大学病院の先生となれば診察1分でたいしてちゃんと話もしてくれない、ってイメージが私の中にはあったのだけど、M先生は本当に親身になって聞いてくれた。


こっちが弱っている時に、今までKLCのにいるような先生しか知らなかったnaoにとっては本当に地獄に仏とはこのこと。(KLCの先生が悪いってわけじゃないけど、あまりにもマシーンとなっていて、もちろんちゃんとやることはやってくれるから割り切れればいいんだけど、やっぱり人間だもん、それでは切なくなるときがあるって話で)


もともとM先生は不妊治療チームにいたんだけど、今は不育症担当で、たまたまその時手が空いていたので私の担当になってくれたらしい。


M先生「そうですね・・・大きさも大きさなので手術を考えてもいい(通常7cm以上から手術を考えるらしい)ですね。特にnaoさんは子供が早く欲しいようですし・・・手術しますか?」


nao「すぐにでもして、早く治療を再開したいんです」


M先生「わかりました。ただ・・・・実は慶應がものすごく混んでいる病院で、通常緊急を要しないオペは4ヶ月待ちが平均なんですよ・・・・。


nao「・・・・・・・・・4ヶ月待ち???」


待ってる間にまたひとつ歳をとるじゃないですか!!


やっといい先生とめぐり合えてもこれでは・・・・naoの心に暗黒雲が広がったのでしたが・・・・


続きは明日。意外な展開がそこには待ってました。


ってことで、更新ご無沙汰してましてスイマセン。つーか実は家の引越ししてました。

一駅先にだけ引っ越して直線距離的にはめちゃめちゃ近いんスけど、それでも引越しは引越し。

あー、大変でした・・・・。まだまだ段ボールに囲まれておりますです、ハイ。


ってことで、そうそう慶應に足を踏み入れることになった、nao。大きな病気も手術もほとんどしたことがない私としては、こんなデカイ病院に来るだけで緊張を強いられるのに、もしかして手術→入院かも?っておもうとものすごく気が重い。


とにかく、まだ混乱、怒り、悲しみ・・・いろんな気持ちは渦巻くけれど、頭を切り替えていかなきゃなぁ。


ってことで、朝もはよから(だって、最近お仕事に精が出ていなかったうえに、もしかしてまた仕事を休まなきゃいけないつーのはさすがにキビシイ・・・・)、とにかく受付するために信濃町に出向く。


いやー、しかしすんごい人だわ。紹介状を出しつつ受付をとにかく済ませる。


慶応ってなんとなく自分的には「金満」なイメージが実はあったのだけど、これが・・・・本当にびっくりするほど古い、暗い、なんですよ。(実は入院すると、その窓から見える奥にものすごいゴージャスな新棟があるのを後ほど知ることになるのだが・・)


慶應の場合、初診は必ず若いドクター(研修医なのかな?)の問診があった後に、普通に担当医となるドクターの診察となるのだけど、この問診でとにかく今までの治療経緯と、一刻も早く妊娠をしたい旨を猛アピール。

だからといってどうなる話でもなかろうが・・・・あがきですよ、あがき。


噂にたがわず(こんなところだけは)、おおよそ3時間待った後に、ようやく名前を呼ばれる。


出てきたのは、非常に感じのいい先生(後ほど全幅の信頼を置くようになる先生になるのだけど)。何時間も緊張状態にあったうえに、ただでさえ参ってる私の気持ちをほぐすかのようにゆっくりと問診がスタートする。


明日に続きます~。

さすがに、宣告をうけたその日は本当に家に帰ってお風呂入って寝ることしか出来ず。仕事から戻ってきたダンナが私の様子がただ事でないのにびびりまくる。


こういうとき私の悪い癖なんだけど、どうしても言葉が少なくなる。言われたほうが楽なんだけどねぇ。でも自分の殻に閉じこもりたいんだもん。ごめん甘えさせて。


さすがに、次の日目が覚めると、オトナなんだしうだうだしている暇はないのよ!ってことで現実的な落としどころをとにかく見つけなければ。


だって朝起きたときに思った。


「まだあきらめたわけじゃない」



そうと決まればですね、とにかくベストのチョイスをするべく動くしかないわけですよ。まずは敵を知るべし。


卵巣嚢腫について。

詳しくはこのgooヘルスケアのサイトを見てほしいのですが・・・

http://health.goo.ne.jp/medical/search/10320100.


私の無知で本当に知らなかったのだけど、女性には非常に多い病気なんだよねぇ。はっきりした原因もわからず人知れずなって、妊娠で気づくとか、気づかないまましぼむ(単純性の場合)ってこともあるようなもの。


嚢腫といっても悪性の確立は非常に低いらしく、それだけでかなりほっとする。今の技術をすれば、よほどのことではない限り卵巣もキチンと残るらしいし、ひとまず安心をする。


次は病院探しか・・・KLCとの提携病院も名前は良く聞く大学病院なんでそこに言ってもいいんだけど、ちょうど仕事場の近く(というより家から仕事場への通勤路として降りる駅に)に慶應病院があるのを思い出す。


石原裕次郎もZARDも入院してたしなぁ。(よく考えると二人とも亡くなっているのだけど・・・)何より会社に行く途中にちょうどあるってのが気に入った。家からも遠くないし、なんとなく有名だし。

慶應に行ってみるかぁ。って明日にでも行かなきゃいけないんスけどね。


思い立ったら早いよ~。不安はもちろんあるけどね。


今考えれば、ものすごく大げさなことではあるのだけど、そのときの私の気持ちを言うならば死の宣告を受けたに等しいようなショックをうけていた。


ただ、ただシンプルな願い「赤ちゃんがほしい」というためだけのために頑張っているだけなのに、その願いが叶わないどころか、どんどん遠くなる。そして歳だけをどんどん重ねなければいけないという絶望感。


不妊治療をしている人にしかわからない辛さがあると、私は思っているのだけど(それは子供がいない、子供がもてない、といった悩みとは別次元の話として、不妊治療、しかも体外受精まで進んでしまった者にしかわからないある種独特の辛さ)まだそこまですら、たどり着いてもそのときはいなかったのにねぇ。


「世の中は不公平だなぁ」


当たり前のこと、本当に当たり前すぎて口に出すことすらはばかられるようなその言葉を思わずつぶやく。


どうしても会社に行く気になれず、今日は自主休校だってことで新宿御苑まで足を伸ばす。治療を始めて以来、ずっと止めていた煙草を購入して。


御苑の中でも人が少ないスポット(冬だし、平日だし、で)で喫煙所があるところで、バンバン煙草を吸う。久々に吸う煙草は頭をくらっとさせる。


3本ぐらい吸って、十分に気持ちが悪くなってきたところで、ようやく思考が戻ってくる。


目の前は変わらず暗い。しかし暗いなりにもっともがくしかないのかなぁ。







また1時間の待ち時間を経てようやく自分の番号が掲示板(KLCはそういうシステムをとってるんですわ)に映し出される。


そしてまた8F&診察へ。


D「うーん、やっぱりホルモンのせいであがってるわけでなく、これは治療を続けられないから、他の病院で治療をしてそれからですね」





なんて言いました、たった今?




自分の耳にドクターの声が遠くを流れていき、体温が下がるのがわかる。


D「どこかかかりたい病院があれば、そこの名前で紹介状を書きますし、なければ提携病院のN病院に紹介状を書きますが」



何が起こったのか、完璧に把握しきれないままにも、妊娠どころではないっていうことだけがかろうじて頭の中でフラッシュする。怒りとも悲しみともいえないキモチが全身をどっと襲い、身体が震えだす。


nao「では不妊治療はできないということですか?」

必死の思いでそれだけを搾り出す。


D「まずは嚢腫を良くしてからでないと、このまま治療を続けることはできません。手術になるかそれ以外の方法になるかはとにかく専門の機関にかかってください」


あっさりと、あくまであっさりと言うドクター。

そう何万と日々見る患者の一人だったことも、よくあることなんだろうってこともわかるけど、でもこのあっさりがすごく胸にこたえる。


何も言う気になれず、地に足が着いてない状態で言われるわままに提携病院宛の紹介状を受け取り、会計を済ませる。


私これからどうなっちゃうのかなぁ。