「優しさ」は作れるけど

「思いやり」は作れない

 

これって私が高校生くらいの時に

書いていた文章にあった言葉・・・

 

当時、かなり変わった学生だった私は

 

人生論やニーチェ

哲学本を読みあさっていて

まあ・・・危ない変わった娘でした・・・

 

なんとめんどくさい

ネガティブな理屈っぽいお嬢さん???(笑)

 

 

 

 

心理学を学んで

わかったことは

 

自分にベクトルを向けた「優しさ」と

他人にベクトルが向いている「優しさ」があるということ

 

 

 

怒りも同じ

 

 

 

このことは

今月から始まる

エデュマインドコーチ講座でしっかり

伝えていくのですが。

 

 

16・17歳くらいの私は

ただただ感性だけで

 

そのことを感じていた・・

 

ってあら!

意外とすごい感性だったのかな?

なんて今思えばです。

 

 

優しい女の子のふりをする

嫌われないように

愛されるように

人に一生懸命優しくする

 

 

その時一生懸命やっている瞬間

見返りを求めていない!

と頭では思っていても

 

潜在意識では

愛されたい私がそこに存在してて

 

頑張らない私は いい人でない私は

愛されない 求められない 存在してはいけない

 

私なんか

 

きっと何も成功しない・・

 

と超ネガティブだったんだなと。

 

 

デートしていても

大きな口を開けてご飯が食べれない

遠慮がち

 

まずもてないと思っていたので

基本告白もされることがほぼ皆無で

私は求められない女の子と思っていました・・

 

 

 

彼氏いそう

僕なんか無理って思った

高嶺の花だ

とか良いように言ってくれても

(すみません、自慢ではありません)

 

結局は選ばれない!

 

選ばれない女!

 

 

でした・・・多分

 

だから告白してくれた

希少価値の相手は

断ったことがなかった・・・

その後の結果はご想像にお任せとして

 

 

 

 

それは

私の問題だったんです。

 

 

私のモテ期は

仕事をするようになってから

 

 

実は人前に立つことが本当は

嫌いだった私が

ひょんなことから先生業について

 

 

キャンプなんかで

罰ゲームのお尻で文字を書く!なんてこと

恥ずかしくってできなかった私が

 

思い切り羽目を外したポーズで

子供の前で踊ったり

ふざけたり

 

 

サークルのメンバーでいった

箕面の滝路で

 

おおふざけで

人目も気にせず

二人三脚で走ったり(迷惑・・ごめんなさい)

 

 

人生は大きく変わりました。

人からどう思われる・・・を気にして

行動していた時から

変容を起こした・・・

 

行動をまず変えたんです。

役割を演じるところから始まり

そのうち

 

羞恥心なくできるように・・・

 

 

 

それでも心の奥底に

成功しない私

 

私なんか・・

選ばれない私

 

 

という呪縛

 

 

今はもう昔・・・

 

 

どこか私は

まだ心の奥底に

抱えているそんな火種はあるものの

 

自分の力でその火種が再燃するたびに

消火器を持って

消している

 

 

自分で消すことができるようになったんです。

 

 

 

人生は一度きり

瞬き一つです。

 

だからこそ

あなたの人生はあなただけに与えられた

たった一度の時間

 

世界中の人に好きになってなんてもらう必要もなく

有名になんてならなくても

私を知っていてくれる人がいて

 

 

 

私が死んだら

泣いてくれる人はいるよねと。

必ずいると今は思えるように。

 

昔は

心の底から泣いてくれる人なんて

親兄弟だけ

と思っていた若き日の私・・・

 

 

 

 

うらべさんって

自信があって

そんなこと考えてたなんて

考えられないと

よく言われるのですが

 

その真逆でした・・・

 

 

 

人は変われる・・・

 

ということ。

 

 

 

ふと

何十年も前の高校生の私のセリフを

思い返した本日

 

 

徒然に・・・・・

 

 

この歳になって自分の写真をこんな

堂々と人にさらせるなんて・・・

昔は考えられなかった・・・