ウクライナの天使、ロシアの天使

 

 あるウクライナ人の家族がありました。

 父母と子ども二人の4人家族で、父親の姉はロシア人と結婚してロシアに嫁いでいました。

 

 ある日、ロシアのお姉さんから電話がありました。

「ミハイル、大変な事になったわ! 夫が教えてくれたんだけど、ロシアの大統領がウクライナに軍事攻撃を加えるそうよ。すぐ、荷物をまとめて国外に脱出しなさい。大統領は首都キエフを制圧するつもりよ。」

「わかった。姉さんありがとう。ご主人にもお礼を言ってくれ。」

 弟は大急ぎで荷物をまとめ、水とありったけの食料を自分の小型トラックに積み込むと、友人や親族にロシア侵攻の情報を伝え、その日の内に国外に脱出したのです。

 

 数日後、ロシアの義兄が教えてくれた通り、本当にロシア軍がウクライナに向けて攻撃を開始したのです。

 けれども幸いな事に、この家族は誰一人命を落とさずに済んだのです。

 やがて停戦を迎えてウクライナに家族が返ってみると、自宅は完全に破壊され、近隣の人々は攻撃を受けて何十人も亡くなっていました。

 お父さんはお母さんと子ども達を抱きしめて神様とロシアの義兄に感謝しました。

「神様、お陰で命拾いしました。家は建て直せますし、仕事にはいつでも復帰できますが、命が失われたら決して取り戻す事は出来ません。私はロシアにも神の御心に従う心ある人々がいる事、戦争に反対し、平和を求める多くの人々がいることを知っています。ロシアの兄のお陰で家族は全員無事でした。親族や友人も逃げられました。

私自身の親族であり、同じ人間、同じ神の被造物であるロシアの人々、嫌々戦争に訪れたロシアの兵士を一人も傷つけず殺さずに済んだ事に感謝致します。」

 

 

 別のウクライナ人の家族がありました。

 父母と父方祖父母、子ども三人が同居していました。姑は意地が悪く、嫁を毎日のようにいじめて喜んでいました。子ども達は傷つきましたが、父親は止めようともしません。時には祖母と一緒になって母親をなじり、時には暴力を振るいました。祖父母と父親は差別主義の愛国者で、ロシア人を毛嫌いしていました。

 

 そしてあの運命の日、ロシアの大統領命令により、大量のロシア軍がウクライナに侵攻したのです。

 祖父は怒鳴り散らしました。

「だからロシア人は嫌いなんだ! あいつらは人間の皮を被った悪魔だ。俺たちウクライナ人こそが人間だ。ロシア人など皆殺しにしてやれ!」

 父親もロシア人を忌み嫌っていました。この人は猟銃を持っていて、もともと鳥やウサギを撃つのが趣味でした。

 祖母も徹底抗戦を主張し、母親だけは子ども達の無事を願って抵抗する事に反対しましたが、それを聞いた父親は、力いっぱい母親を殴りつけたのです。

 こうして、近隣のロシア人嫌いの人々と一緒になって、祖父と父母とは銃を手に、ロシア人の兵士を次々に射殺しました。

 その中には、ロシア人とウクライナ人の間に生まれた若者もいました。祖父母のどちらか、あるいは親類がウクライナ人である兵士もいました。祖国を守るために兵士になったものの、目的は平和であり、戦争して人を殺す事は考えてもいなかった心優しいロシア人もいました。

 大統領に命令され、上官に命令されてウクライナにやってきたけれども、内心は戦争に反対していたロシア人もいました。

 どうしてもウクライナの人々を殺したくないために、戦わずに降伏した兵士や上官もいたのです。もしこんな事をやったなら、大統領の命令違反であり上官に背いたわけですから、かつてのナチス・ヒトラー、イタリアのファシスト、大日本帝国時代なら、間違いなく軍法会議で裁判なしで銃殺されてしまったでしょう。

 ロシア国内にも、ウクライナ人の親族や友人、恋人や夫、妻がいる人が大勢います。反戦平和のデモに参加して政府に逮捕された人も大量に存在しています。かつての日本でも、反戦平和を唱えた勇敢な人々、小林多喜二のような良心的な勇気ある心優しい人々は国民に密告され、憲兵や特高警察に逮捕され、裁判抜きで拷問され惨殺されました。ナチス・ドイツならユダヤ人や外国人のように強制収容所で虐殺されたのです。

 

 どんな国家、どんな地方、どんな民族、どんな宗教を持つ人々でも、良心的で勇敢な人々もいれば、残酷で意地が悪い差別主義の恥ずべき人が存在します。

 また、国防を理由にして、巧妙に国民を騙して戦争させるように仕向け、他の民族や近隣諸国を憎悪させるように情報操作する悪辣な政府も存在します。時には核武装までけしかける狂気の政治家や独裁者も存在するのです。

「あの国が、あの民族が、」と、会ったこともない人々を十把一からげにして憎み嫌うのは愚か者のすることです。

「あの国は我が国の友好国だ」という政府の言葉を鵜呑みにして、その国のいう事を疑いもせずに受け入れ戦争に協力するのは危険です。何の罪もない人々が大量に殺される事になるからです。

「あの国は我が国の敵だ」と吹聴する政治家の言葉を信じて、見たこともない隣国の人々を軽蔑し、差別し、日常的に侮辱してバッシングを繰り返せば、最後には国家間の関係が悪化し、最悪の場合には戦争になるでしょう。

 そうなれば、罪もない相互の人々が大量に殺されることになり、戦争になって犠牲になるのは決して政府や独裁者ではなく、戦争をけしかける連中でもなく、武器で大儲けする死の商人でもなく、自分や国家のために他人を殺して良いと考えた愚かで冷酷な国民自身なのです。

 

 ロシア人をゆえなく忌み嫌って憎んでいた意地悪なウクライナ人の家族は、嫌がる母親まで動員して次から次へとロシア人を無差別に殺害して歓声を上げていました。ただ、母親は戦う振りをしていただけで、わざと見当違いの方角に発砲し、誰一人殺しませんでした。

 けれどもとうとう、仲間を大量に殺されたロシアの兵士たちは我慢できなくなり、徹底的に反撃し始めたのです。

 戦闘行為に明け暮れていた祖父母と父親はいち早く避難して無事でした。ところがロシア人を殺したくなかった母親と子ども達は、住んでいた家ごと攻撃され、子供二人と母親は即死、残った一人も大やけどを負って無残な姿になってしまったのです。

 

「畜生! だからロシア人など人間の皮を被った悪魔だと言ったんだ! こんな事ならもっともっと殺しておけば良かった。大統領の言う通り、核ミサイルを配備して、ロシア人を皆殺しにしてやればいい!」 父親は大声でロシアを呪い、残された家族は全員、前以上にロシア人を憎悪するようになったのです。

 

 戦争が終結すると、ウクライナの大統領は死んだ母親に勲章をくれました。

「女性でも祖国を守るために立派に戦った。あなたの妻、子ども達の母は、祖国を守った英雄だ」 大統領は戦死者のために演説し、姑にいじめられ、夫に暴力を振るわれていた不幸な妻を表彰したのです。

 

 

 

 

行きつく果ては核戦争。

以上は拡散希望です。