20260505 - コピー - コピー - コピー

 

 

 孔子は言った。

「権力者が人格者でなければ、国民が不幸になり、その国家は衰退して滅亡に向かう。

 自分よりも賢明な上長に従わずに我を通せば、家庭も、地方も、国家も全てが崩壊する。

 慈悲深く賢明な人格者が権力を駆使すれば、その国家は繁栄し、外敵にも付け入る隙を与えない。」

 

 これは、古代ギリシャの聖賢プラトンが主張した、

「慈悲深く賢明な人格者が政治的権力を得ない限り、この世に幸せは訪れない。」という教えと同じである。

 

 孔子もプラトンも、

「人としての情けや配慮、優れた頭脳を持たない、貪欲で恥知らず、残忍なエゴイストに権力を与えてはならない。」と主張しており、

「社会的に地位が高く、富裕層の権力者であろうとも、目下の人間や部下、国民が隷従すべきではないし、こうした狡猾で悪辣な人間に権力を与えるべきではない」と言っている。

 

 本来は貪欲でエゴイスティック、残酷なヒトラーや昭和天皇のような残忍な人間の屑に権力を与えるなという教えであったが、やがて孔子の思想は歪められ、

「社会的に地位が高く、富裕層の権力者や上司には、無条件に絶対服従するのが、家庭や国家に秩序をもたらす方法である。」と主張する朱子学が現れた。

 これは、小乗仏教も大乗仏教も、禅宗の瞑想も、全てを包含していた釈迦の教えが、長い歴史的な考察と研究の過程において歪められ、ついには日蓮のような狭量な馬鹿者が、釈迦自身の教えの一つであった念仏や瞑想法を全否定するに至ったのと似ている。

 

 言うまでもなく、安倍晋三や高市早苗、アメリカのトランプのような愚劣で残酷な権力者に最大限に媚を売り、家庭では妻が夫に奴隷のように従い、嫁は姑に奴隷のように従い、国民は安倍晋三、高市早苗、自民党に奴隷のように絶対服従することが秩序ある在り方だとする朱子学は、独裁者や独裁政治社会には格好の思想だった。

 

 この結果、幕府の独裁政治、明治政府の独裁政治、天皇を神として絶対視させ、全面的に肯定するため、朱子学は政府に全面的に奨励され、明治政府は小学生にも学校で天皇を神として絶対服従し、女性は男性の奴隷、嫁は姑の奴隷になるのが当然だと徹底的に洗脳した。

 

 第二次世界大戦当時の日本も、権力者には無条件に従えと言う独裁者礼賛思想が横行していた。

 この結果、夫は日常的に妻子に暴言、暴力を振るい、家庭での独裁者として君臨した。同時に、姑は嫁に好き放題に暴言を振るい、理不尽な嫌がらせや無理難題、陰湿ないじめを繰り返した。

 当時の嫁いびりの典型的な手口は、

「我が家の家風には絶対服従するのが嫁としてのあるべき優れた姿なのだから、姑には絶対服従しなさい。

 天皇が日本で最も尊い家柄であり、旧家や名家に嫁いだ嫁は、神に仕えるように婚家に使えるのが天皇を頂点として重んじる最高の徳なのです。

 目下の家柄、身分から嫁いだ場合、未来永劫、その嫁は婚家の正当な人々とは格下であり、逆らうのはもっての他です。」という物であった。

 

 言うまでもなく、天皇、安倍晋三、高市早苗、2世議員なども、しょせんは強欲で腹黒く、狡猾な人間の屑であるに過ぎない。

 国家の頂点、権力の頂点に君臨している連中が、平均以下どころか人間としては最低最悪の屑なのだから、日本の身分制度や家柄による序列なる物などには、本来何の価値もない。

 天皇も自民党議員も神ではない。寿命が来れば老いて衰え、最後は惨めに死ぬだけのただの人間であるに過ぎない。

 

 イスラム教もキリスト教も、仏教も、物質的な富や権力には何の価値も与えないどころか、死ねば失われてしまうだけのこれらのこの世の価値観は、むしろ軽蔑すべき貪欲であるに過ぎず、金も権力も、無意味な偶像崇拝として厳禁している。

 ただ金があるだけの大企業のCEOや、ただ権力があるだけの与党政治家や総理、大統領などは、神や仏からすれば餓鬼地獄の住民、欲望に取り付かれた地獄の住人、欲望を統制することも出来ず、欲望に支配された哀れな人間でしかない。

 当然、崇拝するのも隷従するのも、全く必要ない事になる。

 

 ところが、子どもの頃から、「権力者には絶対服従するのが当然」と洗脳され続けていれば、哀れな子ども達はそれが正義であり正しいと思い、神の摂理だと信じ込む。だが、この「神の摂理」を教えている者の正体は、神どころか地獄の悪魔であり、死ねば真っ逆さまに無間地獄に落ちる最低最悪の人間どもである。

 

 こうして、かつての世界においては、妻子は夫に不当に扱われ人間扱いされず、暴力は学校でも家庭でも日常茶飯事であり、嫁は婚家の奴隷であり、国民は権力者、独裁者、財閥、天皇、大統領や総理大臣の奴隷であるに過ぎなかった。

 

 残酷で愚かな血も涙もない夫や父が、妻や母親を奴隷扱いして独裁者として君臨している。これを見て育った子ども達の内、男の子は父親同様、横暴で暴力的、高圧的でわがまま勝手な人間の屑のような夫、我が子に平然と暴力を振るう父親になった。

 女の子もまた、夫や姑に奴隷扱いされながらも当然だと考え、我が子が騒げば自分が姑に責められ苛め抜かれるから、自分のために我が子に罵声を浴びせ、時にはあざが出来るほどつねり上げ、時には暴力を振るう残酷な母親になった。

 

 確かに、夫や舅などが居合わせている状況ならば、多勢に無勢であって姑に逆らう事は出来ない。けれども、姑と自分だけになる時には、意地悪で執念深く、残酷で根性がねじ曲がった姑に立ち向かえば、体力的には姑の思い通りにならずに済んだのだ。

 

 当時の母親たちが姑の理不尽な要求に従っていた裏には、自分の子どもを残酷なまでに抑圧し、暴力を振るって躾け、結果的に母親自身が姑や夫にいじめられないようにしていたという歴史的な現実が隠れている。

 

 夫と姑は、妻や嫁の虐待者に過ぎなかったが、母親自身は我が子の虐待者に過ぎなかった。

 

 もし母親が、本当に我が子を守りたかったなら、妻を人間扱いしないゴミのような夫と離婚して我が子と生きれば良かった。実家に帰れば我が子が父親や姑に虐待されずに済んだ。

 実家に帰れないとしても、少なくとも姑に対してならば、誰も見ていない時に暴力を振るってでも主導権を奪うべきだった。嫁が姑より上位にいれば、姑によって嫁や我が子が虐待される事は防げたのだ。

 2026年の日本においてさえも、嫁いじめを甘んじて受け入れている愚かな嫁がいる。結果、その子は地獄の中で育ち、ある子はうつ状態、ある子は起立性調節障害や心身症、ある子は狂ったように暴れ、ある子は不登校になり、ある子は自殺している。

 

 あるベテランの小児科医が、陰湿な嫁いびりの結果、不登校になってしまった母子に対応した。その小児科医は、

「姑と二人切りになったら、怒って切れたふりをして、姑の肩をつかんで力いっぱい、揺すぶってやりなさい。ただし、怪我をさせない事。悪いのは、この姑なのだから、母であるあなたには、我が子を守る親としての義務があります。この子が回復できなかったら、あなたご自身の老後が地獄になりますよ。」と教えた。

 この母親は、話を聞いている内に自分がいかに不当な扱いを受けて来たかに気付き、姑と二人きりになった時、大暴れして茶碗を床にたたきつけて粉々にした。

 これ以来、姑は、これ以上虐め続けると自分が暴力を振るわれると気付き、震えあがって嫁いびりを止め、嫁の精神状態も大幅に改善して、数年後にはその子も回復して登校出来るようになった。

 

 嫁の老後をみとってくれるのは我が子であって、舅姑でも、自分の親でも、夫でもない。男の子なら我が子でさえなく、息子の嫁がケアをしてくれる最重要人物である。

 従って、本当に我が子が大切ならば、本当に母親としての愛情があるのなら、暴言を吐く夫とは即刻離婚し、姑は肉体的に屈服させ、必要ならびんたぐらいくらわしてやっても差し支えがない。我が子が自殺するぐらいなら、姑をひっぱたく事など屁でもない。

 

 そうする代わりに、奴隷のように夫に従い、卑屈なまでに姑にいびられて自分自身も精神を病むようでは、我が子だけでなく、自分自身の老後も地獄になる。

 

 本当に我が子を愛している母親ならば、機能不全の夫との関係、姑との関係は早急に解消しようとする。愛情のない母親が、その場限りの対応で夫や姑に服従し続けると、自分自身だけではなく、我が子をも不幸にする。

 そして、我が子が将来結婚すれば、自分自身が嫁をいじめ抜く地獄の悪魔と化し、我が子や嫁だけではなく、孫や曾孫までも不幸のどん底に突き落とすのだ。

 

 自分の子どもをつねったり叱りつけて黙らせれば、その場は夫や姑の前で「しつけしている」ようにとりつくろえるだろう。だが、子ども達を騙す事は決して出来ない。

 子ども達は母親を恨み憎み、その心は荒み、最後には自分の都合で叱りつけていた我が子に捨てられ、悲惨な末路を辿ることになる。

 

 もしあなた自身が、夫や姑にいい顔をするために我が子を虐待し抑圧し続けてきたのなら、あなたの不幸は現実には、怠惰で子どもを平気で犠牲にしてきたあなた自身の思いやりや愛情の欠如、意地悪さ、残酷さによるものであり、あなた自身の腐った根性が自ら招いた不幸である。

 

 夫や姑に不当に扱われ虐待されたというのなら、自分自身が我が子の虐待者や独裁者でなかったかどうか考えてみればよい。

 もし、我が子を愚痴の聞き役や、当たり散らして鬱憤を晴らすための奴隷扱いしてきたのなら、あなた自身が、あなたを虐待した夫や姑と同類の、人間の屑でしかないことになる。

 その場合、あなたには自分の不幸に文句を言う資格などどこにもない。あなたのすべき事は、第一に自分自身の残酷な根性の悪さを自覚する事であり、次に、あなたが犠牲にし続けてきた我が子に土下座してでも謝罪し、償いを果たす事である。

 

 あなた自身が独裁者であり虐待者であったなら、あなたには救われる資格など存在しないのだから。