維盛      ―敵前逃亡―

 

 

「熊野の山はそちらだろうか。」

 

 まだあどけない、ほんの11歳ばかりの娘を連れた旅の僧は、じっとはるかな行く手を眺め、ふとあの頃に思いを馳せた。それからほっと嘆息しながら、独り言のようにつぶやいた。

 

「さあ、目指すは熊野の南の海だ。」

 

 頃は鎌倉初期、この僧は滝口という名の修行僧である。また、まだ若いのに僧形をした連れの娘は、平家の武将であった三位の中将維盛の娘、六代御前であった。この呼び名は、平家隆盛の基礎を築いた平正盛から数えて六代目になることに由来する。この娘には二つ年上の兄が居たけれども、平家の直系の長男であったから、源氏に疎まれ警戒されて囚われの身になっていた。

 

 さて、その頃起きた大規模な凶作により、経済的にも軍事的にも平家は決定的に弱体化してしまっていた。当時、平家の最高責任者であった維盛は、源平の戦いの終り頃、一人戦線を離れ、熊野は那知(なち)の沖で自ら身を投げてしまったのだった。享年わずか27歳。あまりにも若過ぎた死であった。

 それを知った彼の娘が、父の最期の場所をどうしても見たいと願ったために、今こうしてこの僧は、娘に付き添い、那智の沖へと急いでいるのだった。

 

 はるばる紀州の関所を越えて、いつか夕暮れの松もぼんやりかげっている。福島県西部、岩城の野を踏み分け行く頃には、旅装束もすっかりしおれてしまい、二人の足取りもひどく重くなった。

――ふと気がつけば、海草を燃やして塩を取る塩屋の煙が、悲しい二人の旅人達に寄り添うように立ち上っている。やがて煙はぼんやり薄れ、立ち現われた霧に溶け込んだ。霧立ちこめる浦を過ぎ行くと、ついに二人は、今回初めて、三熊野の那智の浦にたどり着いたのだった。

 

 

 旅僧は娘に言った。

「お急ぎになりましたから、那智の浦にお着きになりました。このあたりでお父様のお亡くなりになられた場所をたずねてみましょう。」

 

 いつかすっかり日が暮れていた。僧はあたりを見回した。

「もし、このあたりの人はおいでになりませんか?」

 これを聞いて通りがかりの男が答えた。

「何の御用ですか?」

「三位の中将維盛がお亡くなりになった場所はどこでしょうか?」

 男は軽くうなずいて答えた。

「ああ、そのことですか。あのお方はすぐこの沖で身を投げてしまわれましたから、くわしい事は存じません。

 けれどもここには、維盛様のことをよく御存知の人がおります。舟に乗って夜の念仏を唱える男ですが、もうすぐここに来るははずです。その人にくわしくおたずねになるとよろしいですよ。」

「承知致しました。それならばその人を待ってたずねてみましょう。」

 そう言って僧は深々と一礼した。男も軽く会釈し立ち去った。

 

 

 ちょうどその頃、そこから少し離れた入り江から、一人の男が舟を出そうとしていた。

 

 男はそっと考えた。

 

(月の夜、念仏の声は澄み渡り、西方にある幸せの国、極楽浄土へ心ははやる。この身もいずれは弔いの鉦(かね)の音の内に逝き、後の世に生まれる定めなのだ。

 

 南無阿弥陀仏、ああ、どうか我らを救い給え! 安らぎの世界へ導き給え!...

 

 そもそも安らう場所もなく、無宿のままでさまようのは、気の遠くなるような無限の過去より始まること。生まれ変わり死に変わり、地獄・畜生・餓鬼・阿修羅・人・天人へと、様々な境界をさまよい巡るのは何故か?――

 

 いや本当は何の理由もない。暗い本能に発する虚しい欲と、盲目的な生への執着のなす業だ。)

 

 男は深く嘆息した。

 

(ああ、けれども私は、ひとかたならぬ御恩を受けた御主人の後世を思い、真心込めて数珠を繰り、この苦しみの世界から解放されますようにと、人間救済の道を説かれた尊い御仏の教えを胸に、こうして祈りの舟を浮かべようとしているのだ。)

 

 男は渚の舟に乗り、静かにさおを操(あやつ)った。

(そうだ、それだけではない。私自身も、このように喪に服し、あの方の冥福を祈ることによって、自らも救いを得られるのではなかろうか?)

 

 男はほっと嘆息した。

(いや、もう数え切れないほど海に漕ぎ出して、すっかり見慣れてしまったこのさお、このさおを操りながら願いを心に思うのも、私などには過ぎたことだ...。

 

 過去など忘れてしまえと言う。けれども、世々ごとの縁に惹かれて、生き死にの海山をしのいでも、過去・現在・未来に渡る御恩の数々を、どうして忘れられるだろう。あの方が波の上、水底の藻屑(もくず)と沈んでしまわれても、全ての人を救おうとの、気高い御仏の誓いの網に、どうして漏れるはずがあるだろう...。)

 

 男は居ずまいを正すと、なおもさおを操りながら、一心に御仏の名を唱えだした。

 

 

 舟はやがて僧のいる辺りにやってきた。男の念仏を聞きつけて、いぶかしげに僧はつぶやいた。

「海面は早くも日が暮れて、もはや沖には月が出ているのに、ほのかに白く帆が見えるが。」

 僧は声を上げて呼びかけた。

「その舟で夜の念仏を唱えておられる方は、一体どういう方ですか?」

 すると舟から、不思議そうな声がした。

「この浦では、もうどうの人もあらかた知っているはずだが?...

 私はこの沖で身を投げてしまわれた人々の跡をお弔いするために、こうして夜の念仏をお唱えしております。」

 嬉しさで一杯になりながら僧が言った。

「ああ、思った通りだ。それにしても懐かしい...。私もまた、故(ゆえ)ある身だからこそお尋ねいたしました。

 何はともあれ、まずは舟をお寄せ下さい。」

 聞いて男も、期待で胸を弾ませた。

「故ある身とは?――ではもしや、平家ゆかりの人だろうか?」

 そう尋ねる舟人も、

「誰だろうか?」と不審に思うが、黄昏(たそがれ)時にはほのぼの見えた、あの銀色の月も曇り、潮(うしお)も暗く、人も見えず、切れ切れの声に波風の混ざる中にも、紛れもないのはただ構名念仏(しょうみょうねんぶつ)の一声、

 

「南無阿弥陀仏――」

 

 尊い御名(みな)の響く中、波も鉦(かね)も打ち寄せ打ち寄せながら、ついに彼の岸にたどり着いた船人その姿、

「これこそが御仏の教えをもって、不運な人々を救いの彼岸に渡す、憐れみ深き舟人か?」――僧にはその舟人が、そんな風にさえ思われた。

 

「お情深い舟の方、一体どなた様ですか? どうかお名乗りくださいませ。」

 すると相手は答えた。

「仰せでしたから舟を寄せましたが、あまりに暗くてどこがどこやらわかりません...。」

 男は半ば手探りでやっと舟を固定してから、ようやくまた口をきいた。

「――さて、何をおたずねですか?」

「さて、これはどういう方の菩堤をお弔いですか?」

「ええ、平家の御一門、中でも三位の中将維盛の跡をお弔いしております。」

「この浦で維盛の菩堤を弔われるような人には心当たりがございませんが?」

 いぶかしそうに僧がたずねると、相手の方も首をかしげているようだった。

「不思議だなあ、何となくこの声は聞いたことがあるような気がする。

 失礼ですが、もしかしたらあの方の御身内に居られました、滝口上人様でございますか?」

 驚きながら僧は言った。

「確かに私は滝口だよ! おお、あなたは武里(たけざと)か?」

 相手もすっかり驚いて答えた。

「おお、それならやっぱり滝口様でございましたか、確かに私は武里ですよ。

 それにしても、何故ここまでおいでになりましか?」

「そのことですが、今年は維盛の三回忌ですから、御跡(おんあと)をお弔い申し上げるために、ここまで出向いて参りました。」

「何とまた、はるばるお出向き頂きありがとうございます。私共もそのために、こうして夜の念仏をお唱えして、お跡をお弔い申し上げております。」

 その時男は、ようやく娘の姿に気付いた。

「おや、そこにおいでになる御方はどういう人でございますか?」

「このお方こそ御主人の六代様でございます。」

 武里は再び驚きながら言った。

「何と、御主人の六代様でございますか?」

 僧は娘を振り向いた。

「申し上げます。ただ今、夜の念仏を御唱えしておりました者は、以前お身内におりました武里という者です。お呼びになって御覧なさい。

 さて、それでは武里、こちらに来て御挨拶なさるがよい。」

 これを聞いて娘は進み出た。

「まあ、あれは武里様ですか?」と、言う言葉も見る見る涙に変り、

「あの頃のお父様を見ておられたのですね?

 懐かしい!...

 ああ、嬉しいお志です...。もし、これは夢ではないでしょうか?」

 

 夢か果たして現実なのか、白波寄せる夜の磯に、主従は手に手を取り合って、磯部の千鳥も声を添え、ただ泣くばかりの有様だった...。

 浦風も松風も、まるで心あるかのように、気遣うようにそっと吹き、更け行く月もおぼろげに、真砂(まさご)に降りる雁までも、別れを惜しみ、帰りかねているかのようだった。

 

 僧は言った。

「さあ武里、その時、最後のお供であった人々、死出の旅路のお供をされた人々の名を申し上げなさい。」

 武里は寂しくうなずいた。

「承知致しました...。

 その時のお供は、与三兵衛重景(よさのびょうえしげかげ)、石童丸(いしどうまる)、...これらは皆、お供をされた方々です。私もお供をと存知ましたが、この御上人様が必死に止められましたので、ついに死ぬのを諦めて、その代りにせめてもの御奉仕をと、都へも八島へも、事の次第をしたためた内密の書状を届けに参りました。

 また、今年は維盛様の三回忌に当たりますので、このように夜の念仏を御唱えして跡をお弔いしておりましたところに、よもやこうして六代の御子(みこ)様にお目にかかろうとは!――。

 お別れ致しました維盛様に、今再び御目にかかるような気がします。ありがたいことでございます。」

 涙ぐみながら娘は問いかけた。

「では武里様、お父様が身を投げられた場所はどのあたりですか?」

 すると武里は指差した。

「あの沖で身を投げられました。」

 青ざめながら娘はうなずいた。

「それならその舟に乗って、お父様がお亡くなりになった場所を見たいと思います。」

 けれども武里は首を横に振った。

「今夜は海上は波風が激しくて、舟を出すのは無理でしょう。明ければ波風も静まりましょう。その時舟をお出しください。」

「それでは波風の静まるまで、この磯辺で夜の念仏をお唱えして、父の跡を弔いましょう」と、武里の鉦鼓(しょうこ 注 弔いの鐘と太鼓)を手にとって、自ら伏鐘(ふしょう、ふせがね)を取り上げて、夜もすがら、

「父のために」と、明けるのを待ち寝ようともせず、そのまま海士(あま)の磯屋の波を枕に、敷く袖も悲しい墨染の袖...。昔に帰った思いがして、涙ながらに構名念仏すれば、夜も更け月も澄み渡る。景色も人もただ煌々(こうこう)と照らし出されて、悲しいまでに心洗われる有様だった...。

 

 

――その時だった。人々の前の海岸に、おぼろな影が現われた。その人影から、つぶやくような声がした。

 江月は照らし涼風が吹く

 永き夜の清き今宵に

 今さら何の為す所があろうか...

 

 けれども、これはまた、何と気高く、何と尊い祈りの声だろう。この声を目印に引かれ来て、潮の落ちる頃、暁の月もろともに、全世界に向けて闇を貫き、燦然(さんぜん)とほとばしる気高い光を頼りにして、波より浮かび出て来たのだ。」

 娘は祈りの言葉を止めて、はっとしてその人影を見守った。

「不思議な、月も更け行く磯辺に、武装した人の姿が見えますが...。

 どのような御方でございますか?」

 月明りに照らされながら、夜目にもわかる端正な顔立ちの人影が答えた。

「構名の声に引導されて、幻の姿ながらこの私、維盛がここまで訪れたのだ。

 ああ、それにしても嬉しい、何と嬉しいことだろうか。苦しみの闇を抜け、やっとここまで来ることが出来たのだ。」

 これを聞いて娘の顔がぱっと輝いた。

「ああ、嬉しい、お父様にお会い出来た!」

 けれども、そう言ったのも束の間、娘はまた顔を曇らせた。

「それにしても、御最後の折りには出家しておられたと承っておりましたのに、何故いまだに武装した修羅の姿でおられますのでしょう? 私は悲しゅうございます。」

 それを聞くと、何とも言えない悲しい目をして亡霊は答えた。

「確かにそれはもっともだが、最後に御仏を一心に思ったことといい、また、こうして跡を弔ってくれたことといい、いずれ苦しみを離れて救われるのは疑いない。

 けれども、私の心には記憶の残像が残っている。私の深い潜在意識に焼き付いた記憶の影がこの世に残り、たとえ武装した出で立ちに見えようとも、それが確かな現実であるとは言い難い。これは私の心に留まった、憂わしい過去の幻影だ。」

「この世に留まり、こうして弔う私も出家の姿。」

「私も最後は出家の身であったから、」

「いずれにしても救われるのは疑いございません。」

 これを聞くと、亡霊のほほを涙が伝わった。

「その上、一人の子がもし家の束縛を捨て、真実の慈悲と真理を求めれば、」

「過去、未来、七代に渡る父母まで真実に目覚め救われます。」

 

 泣きながら亡霊は言った。

「ましてやこの現世の親子であった生き残りのお前が身を捨てて弔ってくれているのに、どうして御仏の尊い願いが成就しないはずがあるだろう? どうして我らが救われないはずがあるだろう? 武装した出で立ちと見え修羅地獄と見えるのも、ただこれは記憶の残像であり夢幻(ゆめまぼろし)の幻影だ。疑わずに構名の願いを実らせ、御仏への祈りを成就させておくれ。」

 亡霊は深く嘆息した。

「カゲロウという小さな虫は、朝(あした)に生まれ夕べには死ぬ。人間もこれに変りない。華やかな大輪の花を誇るけれども、ただ一日で散り果ててしまう、虚しいムクゲの栄光と同じことだ...。」

 維盛はしばらくじっとうなだれたままだったが、やがてまた顔を上げた。

「それなのに愚かにもその現実に我らは気付かなかった。平家がこの世の最高権力を手にしてわずか二十年あまり、春の花の華やぎも、秋の木の葉のように散り散りになってしまった。時は寿永、巨大な時代の風に翻弄されて、波の小船に仲間と揺られ、千鳥のように無力に泣くだけだった。

 戦争はこの世の地獄だ。殺すのも殺されるのも、もはや私には耐えられなかった。」

 

 耐え難い思いに亡霊はしばし瞑目し、それからまた続けた。

「けれどももはや、誰にも、どうすることも出来なかった。私は一人意を決し、一門の中を忍び出て、高野山の奥に分け入り仏門に入って出家した。墨染め衣の僧となり、祈りの夕べの日々も重なり、束の間ではあったけれども静かな時が流れていた。

 けれど、そうしているうちにも、いよいよ情勢は逼迫(ひっぱく)していった。ある朝私は考えた。仏門であろうが無かろうが、残酷な人々には関係無い。ただ座して死を待つのみか、それとも互いに殺し合いながら死に行くか? けれどもそれでは、罪もないお前達まで巻き込むことになる...。

 

 こうして私は朝まだき頃出発した。紀州の関を越え、飛び交う弓矢の音もやがてかすかになった。ほのかにかすむ有明の月も巡り、三熊野の南の空を眺め、那智の沖に小船を漕ぎ出して、

『哀れな現実だ』とつぶやいて、はかない波の泡と消えたのが、この世の命の終りだった。」

 

 維盛は涙ながらに娘に目をやった。

「光陰の時を惜しむが良い。時は人を待ってはくれないから。どうか目を覚ましていておくれ。気付かないでいるうちに、時はただ虚しく過ぎ去ってしまう。

 ごらん、あの涼しげな西の空を。曇りのない月の影と共に、流れゆく雲も水も、人々を安らぎの世界へ、平和な世界へ誘(いざな)っている...。」

 

 清らかな入り江を訪れた、かりそめの親子の再会のため、今、失われた過去の姿に帰り来て、一つの悲しい魂が、言葉を交し姿を見せ、袂(たもと)を交し手を触れて、泣き声は夜の鶴かといぶかるばかり。人々はただ声を限りに泣きながら、いつまでも寄り添っていた。ああ、何と名残惜しいその姿...。

 

 するとその時、苦悶の表情を浮かべて亡霊が立ち上った。

「ああ、恨めしい、たまたまこの世の夜に帰り来て、せっかく親子合い見える仮そめの夢の中に、また苦しみの記憶が蘇るのか!

 心の奥に焼き付けられた、殺し合いの地獄の苦しみ、戦争の地獄の残像が、狂おしく我が身に振りかかる。

 なまじ一族の頭領と生まれたばっかりに!」――そう叫んだかと思う間もなく、暗い雲の波がうねり、煙ったような波の上に浮かび出た地獄の敵の攻撃が、一斉に維盛に襲いかかった。燃える憎悪と怒りの矢先は、雨のように降り注ぎ、残忍な鉾(ほこ)の切先(きっさき)は、我が身に焼け着く鉄火となった...。

 

 けれど維盛はこれが最後と、気高い慈悲を心に念じ、尊い覚者の真理の前に、静かに剣を捨て去った。――すると忽ち、憎悪と怒りの波浪も消えて、燃える鉄火と見えたのも、まるで紅(くれない)の香炉に落ちた、一片の雪と消え去り跡形もなく、おぼろげな亡霊も、渚の千鳥、カモメもあたりの波風も、声を揃えてただ一声、

 

「南無阿弥陀仏、我らを救い給え!」と、かすかにつぶやいたようだった...。

 

 数打ち鳴らす伏鐘(ふしょう)の響きも、いつしか絶えて静かになり、一心不乱の祈りの夢は覚め、暗い夜の帳は明けて、神々しい朝が訪れた。

 

 

 

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悲しい運命の人、平 維盛8b473305095bac524a9ac8c46d7b9fcc[1]

幸せだった頃の追憶……koremori2[1]

戦争末期

 

 別れを嘆く維盛の家族。 維盛は父、平 重盛と同じく正妻の子ではなかったため、 平氏一門の中では冷淡な扱いを受けていた。 いつの世にも愚かで無慈悲な人々は、 罪もない子供達や隣国の人々を、 ゆえなく差別するものである…… けれども維盛とその妻は大恋愛の末に若くして結ばれ、 幸せな結婚生活を送り、何人もの子宝に恵まれ、 優しい夫は人一倍妻を大切にし、仲睦まじいオシドリ夫婦として有名だった。 彼自身は決して戦争を望まなかったが、 祖父、平 清盛の残忍で傲慢な独裁政治と悪政、 そして差別意識に満ちた軍国主義独裁政治は多くの人々の怨恨を招いた。 祖父母や親世代が愚かで残酷である場合、 その報いは罪もない子や孫に訪れ、 祖父母や親がした残酷行為の結果を、罪なくして受けなければならなくなってしまう…… 古代インドの聖者達はこれをカルマと呼び、 聖なる覚者、釈迦如来は、 因果応報と呼んだ…… 706be2fe865ea27c25e1c71c31e62bd0[1] 

雅楽、「青海波」を舞う若き日の維盛 

 維盛は美男子として知られ、平氏一門の中では光源氏の再来とまで讃えられた。 戦争は文化も豊かさも心のゆとりも、 優しさも家族愛も、 夫婦の愛も親子の愛も、 全てを残酷に踏みにじってしまう…… 0453[1] 

冷たい雪にうずもれた平維盛の塚 闇から光へ ざんs 

凋落の夕べ 

 人生にも国家にも、 民族にも一族にも、 栄光の血族にも、 権力の頂点にある者達にも、 等しく最後の時が訪れる。 人はこの世に生まれ成長し、 様々な子供時代や青年時代を経て、 時には不幸な、時には幸せな結婚を経験する者もあれば、 生涯一人で生きる者もあるけれども、 誰もが等しく老い衰えて死んでゆく。 人よ、今の栄光に驕るな、 今の権力に酔い痴れるな、 束の間の幸せに我を忘れるな。 この世のあらゆる貧しさと悲哀、 それはあなた自身、あなたの家族、あなたの民族、あなたの国家の逃れえぬ未来図なのだから。 160098248_624[1] 夜の海 

 人生には悲哀の日々があり、 苦しみの夜があり、 孤独と絶望の闇があり、 無力にさいなまれる時がある。 そんな時、人間は、 ただ空しくあがき、 為すすべもなくたたずみながら、 泣くことすら忘れてくずおれる…… c0140721_2004355[1] 

薄明 

 絶望の日々はあまりにも長く、 悲哀と苦悩の闇は到底耐え難い。 もう終わりだと全ての力を失い、 最後の気力をも無くし、 生ける屍さながらになったとしても、 諦めてはいけない。 過度に自己を責めてもいけない。 罪もない他者に当たり散らしてもいけない。 何もできずに絶望する日々こそが、 人間に人生の真実を、 この世に生きる意味を、 過ちと罪の悲しみを、 目の当たりに教えてくれるのだから…… thumb5[1] 

夜明け 

 人生の闇を知る者だけが、 人生の光を目の当たりにし、 人間の心の闇を知った者のみが、 神の聖者の輝きを知るに至る。 21_朝の海[1] 

希望 

 差別ではなく平等を、 独占ではなく公正を、 悪事ではなく善を、 裁きではなく憐れみを、 残忍ではなく優しさを、 戦争ではなく平和を選ぶ者のみが、 誤謬ではなく真理を、 嘘偽りではなく真実を知り、 尊い希望の光を得る。 81d20a53f21d87f6d84c542192e7e424[1] 

朝の海 

 朝の光にきらめく海を見よ。 この広大無辺の美しい海を。 清々しい風の中にたたずみ、 はるかな空を仰げ。 差別も、宗教も、偽りも犯罪も、 殺人も戦争も罪もそこにはない。 あるのはただ果てしのない光と、 無限に広がる空間だけ……