面白いタイトルだなと思い読んでみました。
小手鞠るいさんの「猫の形をした幸福 」
アメリカで暮らす日本人夫婦と
猫との暮らしをつづった物語。
朝の食卓は、夫のつくるパンケーキと
挽きたての珈琲![]()
穏やかで満たされた生活のなかに
約束されていたかのように
登場してくる一匹の猫。
彼が見せてくれる優雅な跳躍のたびに
テーブルに付く傷さえも
『こまったね。愛おしいね』と笑いあうふたり。
枯葉
と遊ぶ、愛らしい仕草を眺めながら
季節の移り変わりを惜しむかのように
散歩をする場面が印象的でした。
穏やかで幸せな日常・・・。
後半は、猫がいなくなったあとの日々を
描いていますが、ふたりの
「喪失感との折り合いのつけ方」
の違いに考えさせられました。
愛するものを失ったときに
どうやって、その悲しみや
喪失感と向き合っていくのか。
それはとても、とても、個人的な作業で
いままで「上手くいっていたふたり」
だったからと言って
この個人的作業が、共同作業になるかというと
残念ながらそんなことはなく・・・・。
たとえば、遺品を飾りたい人もいれば
二度と目にしたくない人もいる。
この「悲しみの処理」の表現方法に表れる
個性の違いをどれだけ
受け入れることができるのか。
受け入れないまでも、相手を非難しないで
いられるように・・・。
いざという時、そしてそのあとに続く日常で
自分の心にだけ囚われるのではなく
少しでも「寛大」な心をもてますように・・・と
祈りたくなりました。
(自分の力量を考えると、平常心のときに
心に留めて祈っておくしかないのでした
)