お久しぶりです。このほどJW組織が成分輸血の解禁に踏み切った(表現は合っているかわかりませんが)とのニュースが流れ、昔の記憶がよみがえってどこかに書きたくなりました。

 

 13年半前、当時60代半ばだった父が急に倒れ、家族に見守られて闘病ののち1年後に亡くなりました。実は喉頭がんのステージ3後半ですでに症状もかなり出ていたようです。

 先に書いたと思いますが私の母兄姉(父にとっては配偶者と子どもたち)はエホバの証人で、私は離れ二世、父は非信者でした。父が運ばれた救急病院で、私が看護師に小声で「輸血が必要になりますか?家族はエホバの証人で、私と父だけ違うのですが」と話したのを兄に見とがめられ、病院の家族控室で母姉兄と私は激しく対立することになりました。

 

 私は、もし父に輸血が必要なのであれば、エホバの証人家族は立場上賛同できないだろうから自分が責任を取るなりサインするなりする、というつもりでしたが、兄たちはどうやら非信者である父の輸血も認められないようでした。あるいは別の感情があったのか、何かよくわかりません。激しい言葉が飛び交いました。

 

 父の経済的な問題やその他の家族問題もあったところへ、母兄姉の3人から責め立てられて私は限界を感じました。やがて意識を回復した父が「エホバの証人の家族に従う」との意思表示をしたと母姉から連絡を受けました。それは父の本心であろうと私は感じましたし、母たちが父の面倒は最後まで見るとわかっていたので、以後は生家との関わりを断ちました。 

 とはいえ、父の病・迫る死・経済的苦境その他を前にして衝撃を受けるさなかで、家族3人から自分1人がひどく責め立てられた恐怖や傷つきは深く残りました。今ではほとんど忘れていましたが、このたびの輸血の話題に接して何かモヤモヤがわきおこり、そうかこれだったかと思い当たった次第です。

 

 手ごわかった母と兄もすでに亡き人となり、昨年会った姉はいまだ信仰を持ちながらも「人間の組織だから間違うこともあると思う」と言っていました。私はその言葉に驚き、仄聞していた組織の軟化を実感しました。このたびの成分輸血解禁?報道も長い年月をかけての組織の流れの一過程なのかという気はします。私にとってはすでに捨てた組織でありますし、実質傍観者にすぎないのですが、よみがえった過去の思い出をここに放流させていただきます。