わたしとあなたと、あなたとエッセイ。 -3ページ目

わたしとあなたと、あなたとエッセイ。

● essay1 & essay2
みなさまからお題(essay1:テーマ、essay2:写真)をいただき、そのお題でエッセイを書いております。
● my properties
自分の所有物を通じて、自らを俯瞰しようと試みるエッセイです。
● 400 words diaries
400字の日記を365日間、書きました。

 

【2019年7月26日(金)】

 

仕事終わりに、レイトショーで映画を観に行った。

 

チケットを買って、上映までまだ時間があったので、同じビルにあった本屋に寄った。

 

目的もなしに本屋に行った時は、だいたい、今売れ筋の本と新刊をチェックして、その後ビジネス本のコーナーに行って、最後に哲学書のコーナーに行く。

 

時間がある時は、それに加えて、生物学や、歴史、美術等のコーナーに行くことが多い。

 

 

ふと、レジの前に行った時に、ある光景を目にした。

 

レジにものすごい人が並んでいた。

 

金曜の夜だというのに、飲みにもいかず、本屋に行って本を買う。

 

自分がどの立ち位置なのかは不明だが、それを見て、何だか嬉しくなった。

 

日本の出版物の販売金額の推移のグラフを見ても、確かに右肩下がりなのだが、本屋のあの現場を見ると、そんなこともないのではと勘違いしそうになる。

 

 

各々の知的好奇心こそが、世の中を少しでもいい方向に持って行くものと、僕は心のどこかで信じているのかもしれない。

(401文字)

 

【2019年7月25日(木)】

 

もう、充分語り尽くした。

 

もう、語るようなことはない。

 

きっと、ここからがスタートなのだろう。

 

 

とある作家の本を読んでいても、とあるミュージシャンの曲を聴いていても、もう、どうやったって、この人はこの世界の事を悟っているのだろうと思う事がある。

 

それでもまだ、彼ら彼女らは作品を作り続ける。

 

同じことを、言葉を変え、見せ方を変え、何度でも何度でも表現し続ける。

 

一体何を思い、何を願い、創作に向かうのだろう。

 

 

もちろん、悟ったからなんだという話でもあるし、そもそも悟るとは何かという話ではあるが、少なからず、僕らは単体で存在することはできない。

 

先祖から繋がれた生であり、全ての関係の中でしか存在し得ない生なのだ。

 

 

全ては、形を変え、廻り、廻る。

 

その中で、一体僕らは、何をすべきなのか、どうあるべきなのか。

 

そこに正しいも間違いもない。

 

ただただそこに、在るだけだ。

 

 

この、その、頂いた生を僕らはどう使おうか。

(393文字)

 

【2019年7月24日(水)】

 

夏が来た。

 

と思ったのは、蝉の声を聞いたから。

 

短い夏が始まる。

 

 

汗かきな僕は、かつては夏が大嫌いだった。

 

でも、ある日を境に、好きになった。

 

それは、夏が好きな彼女と出会ったから。

 

だいぶ昔の話なので、あまり覚えていないのだが、間違いなくあの子のおかげで僕は夏が好きになった。

 

 

今から夏の終わりをするのも変だが、少しでも夏を長くするために、ある時、自分の中で定義を設けた。

 

「短パンを履き続ける限りは夏と呼ぼう」

 

もう秋口になり、明らかに寒くなっているにもかかわらず、短パンを履く。

 

上着にスエットを着てでも短パンを履く。

 

最近はそんな意固地さも軽減してきたが、一時期は本当に我慢し続けていた。

 

 

海も特別好きなわけでもないし、これといって夏らしいことをするわけでもないが、この季節が好き。

 

心なしか、世の中もこの時期は他に比べて、みんな明るいような気がして、何だか嬉しい。

 

 

かっこいい短パンを買いに行こう。

(390文字)

 

【2019年7月23日(火)】

 

何故、空は青いのか。

 

何故、あの頃を思い出すのか。

 

何故、魚は泳ぐのか。

 

何故、それを正しいというのか。

 

何故、今日が来るのか。

 

何故、疑問が湧くのか。

 

何故。

 

 

あの子が泣いているのは、寂しい事があったから。

 

あの子が笑っているのは、嬉しいことがあったから。

 

僕が今日生きていると思っているのは、過去の記憶があったから。

 

いかにも冷静に生きているのは、忘却があったから。

 

 

陰あるところに光あり、寒いところに温もりがある。

 

耳あるところに音があり、名があるところに存在がある。

 

ふっと吐いたこの息は、一体どこに行くのだろう。

 

 

形あるもの全て壊れゆく。

 

何がそんなに、悲しくさせるのだろう。

 

創造欲とエントロピー。

 

生まれた瞬間から、変わりゆく。

 

 

流れ、流され、廻り、廻る。

 

訳もなく、只々ひたすらに。

 

形を変えながら、続く、続く。

 

終わりも始まりもない。

 

今、ここに、在る。

 

それだけのこと。

 

 

なんて、それは、本当なのだろうか。

 

今日もまた、一日が始まったみたいだ。

(407文字)

 

 

【2019年7月22日(月)】

 

パラダイムシフト。

 

今まで常識だったものが、180度変わる。

 

つまり、ルールチェンジが起きるということだ。

 

 

絶対に変わらないと思っているようなことの先にも、この臨界点は存在している。

 

変わることが良いとか悪いとかということではなく、全ての事象にその可能性は潜んでいるということだ。

 

 

従来の経済学では、変わり始めるのは過半数というのが主流だったが、最新の研究では「25%変わると、その全体が変わることとも十分可能である」という結果も出ているらしい。

 

もちろん、そんな単純なものではないし、事象によっては、その四分の一を変えることすら途方に暮れるようなことなのかもしれない。

 

それでも、過半数にいかなくても、効果をもたらす事が出来るということには、どこか希望があるように思う。

 

 

きっと、僕個人としては、変化することが好きなんだと思う。

 

それは、もしかしたら、変化すること、諸行無常がこの世の常だと、どこかでわかっているからなのかもしれない。

(409文字)

 

【2019年7月21日(日)】

 

今日は参議院選挙があった。

 

僕は政治に明るくはないが、20歳に選挙権を得てから、欠かさず投票には行っている。

 

 

でも、実のところ、たった一度だけ、行かなかったことがあった。

 

それは、市長選の時だった。

 

候補者の一覧を見ても、どう考えても現職の市長が勝つ。

 

新しい風が欲しいのに、そんな願いが叶うこともない。

 

そんな虚しさから、「拒否」の表明として、無投票という選択肢をとった。

 

だが、その後、すぐに後悔した。

 

 

投票は声である。

 

僕は何の声も出さなかったということだ。

 

 

「政治なんて興味ない」

 

「誰に投票すればいいかわからない」

 

など、人それぞれ思うことはあるだろう。

 

でも、まずは投票をして欲しい。

 

若者の投票率が上がれば、間違いなく若者に関する政策が増える。

 

当たり前だが、当選できなければ政治家はその生命に関わるわけだから。

 

 

この国が採用する民主主義において、民意を問うのは選挙である。

 

いつだって、何かを変える機会は、すぐ目の前に転がっている。

(407文字)

 

【2019年7月20日(土)】

 

また休日の昼間っから、youtubeを見まくってしまった。

 

なぜか、KANの「愛は勝つ」の動画を見て涙をした。

 

世代的には僕らよりもちょっと前だとは思うが、名曲が故、僕も知っていた。

 

歌詞もある程度知っていたが、年齢を重ねた今、改めて読んでみると、実にシンプルなものではあるが、グッときてしまった。

 

 

「なんで、年配の人は昔の歌ばっかり聴いているんだろう」

 

という疑問を、以前は持っていたが、なんだかそれが今はよくわかる。

 

今もなお、新しい曲も聴くのだが、結局、以前聞いていた曲や、はまっていた歌手の新譜を聴いてしまう。

 

映画は新しい監督の作品もどんどん見るが、音楽はまた全くの別物。

 

きっと、音楽の方が日常に溶け込み、それが思い出とともに記憶されているというのもあるのかもしれない。

 

 

初めてCDを買ったあの小学6年生の時から、気がつけば僕の生活には音楽があった。

 

きっと、これからも、僕の思い出にはなんらかのメロディが流れているのだろう。

(409文字)

 

【2019年7月19日(金)】

 

この日記も残りわずかになり、何か書き残したことはないかと考えていたところ、なぜか、両親と友人への感謝の念が浮かんだ。

 

一応、今の所は、死ぬつもりもないので、このタイミングで思うべきことでもないのかもしれないが、せっかくなので書いてみようと思う。

 

 

親には本当に感謝している。

 

何にと言われると答えに戸惑うが、まさに今ここに自分が存在しているのは親の僕に対する愛の賜物である。

 

育てていく上で、多くの困難があっただろう。

 

生活のお金が厳しかったという話も聞いている。

 

それでも、大学まで通わせてくれた。

 

僕がいうのもなんだが、本当に性格のいい二人だ。

 

人として大好きである。

 

 

そして、友人。

 

これは、唯一のと言ってもいい僕の自慢なのだが、本当にいい友人たちに恵まれた。

 

前向きで、熱心で、優しくて。

 

本当に、僕には勿体ないぐらい優秀で、大好きな友人ばかりである。

 

 

そんな人達に、少しでも貢献できたらと思い、日々僕なりに懸命に生きているつもりである。

(409文字)

 

【2019年7月18日(木)】

 

次の誕生日で34歳。

 

ずっと若いつもりでいたし、これからもそうでありたいとは思っている。

 

見た目うんぬんもあるが、常に時代に寄り添っていきたいという気持ちはある。

 

だが、どうやったって、この増えていく数字を巻き戻すことはできない。

 

 

人生は長いのか短いのか。

 

そんなことを漠然と考えてきたが、きっと短いんだと思うし、歳を重ねるごとにその体感は強くなっていくのだと思う。

 

 

主役はいつだって、若者にある。

 

若い人こそがこの地球の未来なのだから。

 

おっさんがでしゃばっているような世界では、将来が心配である。

 

 

足るを知るべきである。

 

承認欲を抑え、次の世代へバトンを渡す勇気を持つべきである。

 

若者を人生の先輩方みんなで支えていく構図こそが、この世界のあるべき姿であると、僕は信じている。

 

もちろん自らも楽しんでいることを前提に。

 

 

とにかく、この世には、若い子が活躍できる世界であってほしい。

 

そのために、僕は一体何ができるのだろうか。

(400文字)

 

【2019年7月17日(水)】

 

読み切る前から、どんどん本を買ってしまうため、積ん読が読み切ることがない。

 

以前にも、積ん読が読み切らない話をしたが、ここで、奇跡が起きそうである。

 

なんと、あと一冊のところまで来たのだ。

 

 

もう、これは長い長い道のりだった。

 

30冊近くの本が積まれていた訳だが、そのうちの多くは、小難しく長いものばかり。

 

でも、ある時、心に決めた。

 

「この365日400字日記が終わるタイミングで積ん読を読み切ろう」

 

 

そこからは、欲しい本の購入も最小限に抑え、一冊ずつ読んでいった。

 

あんだけ積まれていた本も、一つずつ読んでいけば、減っていくわけで、

 

「ちゃんと減っていくんだなぁ」

 

なんて、実に当たり前な感想を持ったりした。

 

 

日記より一足お先に終わりそうで、なんか小さな達成感を感じている。

 

もちろん、これで読書が終わるわけではなく、既に読みたい本リストの本たちが待っている。

 

気持ちを切り替えるのに、やはり節目というのは、いい機会だ。

(398文字)