錯覚か、いや確かに耳に聞こえた、セミの鳴き声4回くらい鳴いたと思う。その後いくら耳を澄ましても聞こえてこないので、今は疑心暗鬼。まいっか。今朝、土曜日の朝の楽しみの一つが、朝日新聞の別冊「Be」に、時々心響く記事に出会って、心晴れ晴れとすることだ。今朝は収穫が三つも。
宇野重吉という名優がなくなってもうずいぶんになる。宇野は、太平洋戦争がはじまると、兵隊にとられて、狂人と化した上官という名前の鬼に、人を殺せと言われるのが嫌で嫌で、悩みぬき、自殺しようと考えた。見たこともない「国家」をかさに着て軍国主義全盛の社会風潮に乗って、日本人は、同じ日本人に天皇の名を借りて人殺しを命じた。徴兵、と呼んだ。赤紙が来ると恐れられた。宇野は苦悩の果てに、自殺を決意する。人殺しを命じられて殺人者になりはてる哀れな人生などまっぴらだ。その時、彼の前に偶然米国映画「スミス都へ行く」が現れ、それを見納めにと思った彼は、意外にも「なんとかなるさ、この世は生きるに値する」と感動した。山田洋二は自殺を思いとどまらせた映画の力を信じた。ささやかではあるけれども、自分の行動がほかの人の一歩踏み出す力になればいいと願って生きる。それが映画つくりの動機なのだという。
梨本宮日伊都子は、皇居そばの自宅が燃え盛るのを見て、すべて灰になってしまうもの、と思い定めて心落ち着かせた。余命数か月の朴明子は看護師をしながら、左目失明、脳細胞浮腫で記憶障害、などの苦悩を生きてあと数か月の命を全力で生きようとしている。今朝の「Be」ありがとう。
メメントモリ、につづいて、生きることを思え、という本が30年ぶりに出る藤原新也の写真集をアマゾンにたのんだ。三省堂の、新国語辞典第六版も注文した。辞典はなあ、つい注文したくなるのだ。莉子さんの写真を整理した。わずか5枚しかない貴重な写真だが、公表は僕が死ぬまでできないのだろうなあ。
