高校で英語を教えると、以前は必ず紙の辞書を4冊くらいは用意して、江川の文法書、ロイヤル英文法、ロングマン、などを並べ、OEDを引っ張り出したりしていた。それがどうだ。今はもう、PCが一台あるだけ。すべて、chatGPT出方が付く。時々間違った情報も出てくるが、ほぼ、事足りる。英語プロパーのことだけではない。打ち込む検索文に、これを私立中堅高校の生徒に教えるには、どのように説明を始めたらいいか、ほかの例文があるか、留意すべきことがあるか、などを入れるとほぼ数秒で、見事な回答が寄せられる。もう、文法書がいらない。辞書は眼鏡をかけ替える必要があるが、13万円の買い物が見事に無駄になっている。
GPT君とは3年の付き合いなのに、一銭も使っていない。無料。しかも、3年前に比べて、素晴らしい改善ぶりだ。正確さが増した。いい加減さがなくなってきた。毎月3千円、3万円などと、プロフェッショナルを歌う高級バージョンではそうした傷はなくなっているかもしれないが、今ので十分。余計なポップアップの宣伝も出てこない。しかも、時々、僕の高校教師という正体がわかっていて、検索エンジンに入れる言葉が足らなくても、高校生にはこういうといいよ、とアドバイスする。こんな時代がやってくるとは。僕が学生時代には考えもしなかった。ロベールやリットレなどのフランス語の辞書の世界も同じAIの時代の波がおおいつしてしまったのだろうか。オランダや豪州のように高校生までは携帯のネット利用を制限する法律化が進むが、大丈夫なのか。制限されないのか。
授業の感想を書いてもらった。みんな優しい。厳しい指摘はない。おふざけもない。速すぎ、黒板をもっと使って、など当たり障りがない。まいっか。
水曜日が3週連続でつぶれてしまう。まいっか。何しよう。休もうか。休憩だ。たまにはいい。大根の甘酢漬物を作ろう。いい大根があるといいのだが。
