このクラスは、誰も、自分を表現しない。最初から最後まで、誰も、自己表現を忌避する。英語の授業が成り立つわけがない。こればかりは、どうしようもない。担任も、何も言わない。しーーーーん。
終わって廊下に出て、顔を見合わせて、葬式だったねと僕が言うと、カナダ人は、いや自殺願望の子供ばかりだな、という。
彼は、後、2回僕の授業のアシスタントしてくれたら、もう来年度はこの学校には来ない。板橋区と、彼が勤めている会社とが、契約を、延長しなかったのだという。会社が、契約金を値上げしてくれと要求したら、この区は、それを断ったらしいと聞いた。それはかまわないが、この白人カナダ人男性は、本当に、初任者研修をしないでいきなり、小学校の講師をしているものにとっては、たくさんのことを、教えてくれる本当にありがたい存在だった。しかも、彼は、自分を表現するにたけていて、社交性も親切心も兼ね備えている。帰国してしまった、マイケルバクスターにそっくりなところもいい。
彼が、机の間をぐるぐる回って、質問しても,このクラスは、誰も何も返事をしようとしない。23人くらいの生徒が、しんと、黙ったママなのだ。それを、彼はなんとかこじ開けようとして、演技をする。僕は先生です。さあ、みんなお返事してね。と。
でも、誰も口を開かない。シールドに消しゴムをぶつけて、バンバン、音を立てているのがいるので、静かにしなさい、と注意する。何も言わずに、テキストも開かずに、この男の子は、授業が終わるまで、中空を見ているだけ。
何かを怖れている顔、顔、顔。何が怖いのだろう。何かを学んで愉快になるとか、何かに挑戦して、一歩成長するとか、何かを楽しがって、はしゃいでみるとか。小学生の持つ天真爛漫な明るさが、消えてしまっている。
もう、数ヶ月、分からないまま、あと5週間で卒業。この経験は、貴重だ。貴重だが、なぜ、じっと、黙って、クラスが終わるのか、理由が分かれば、来年に生かせるのだが。担任は何も言わない。困ったが、しかたない。
まいっかというだけ。
一週間が終わった。ワクチン注射がまだ痛む。
テキストとノートを別の学校に行き拾った。やった。やはりまだ、惚けてはいない。想像していたとおり、プリント類の間にはさんだままだった。想像が当たるというところがいい。
チハル君は駿台にとられてしまったが、幹太ともう一人は、ピジョン図に入ると今日分かった。二人、いいやつ、後輩になる。見に行こう。
明日は、来週の授業の準備をして、明後日の、Ray ご光臨に供えよう。
コロナで、まだ、クラスの4分の1は休み、というところが有るなか、先生が一人、また、ノウコウで休んでしまった。こんな感じで、何も起きなかったかのように皆が振る舞って、数年後には、特効薬が出て、なにごともなく元の生活に戻るのだ。
まいっか。翔平と、聡太がいるじゃないか。
