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愛と光と忍耐を求めて

プルーストの「失われた時を求めて」を真似てるわけではありませんが、悠久の時の流れの中での一瞬の人生。しかし、それを知っている魂には永遠の命があるのかも知れません。テーマは「修業の場としての魂の人生」

昨夜NHK番組で、「リクルート事件35年目の真相アナザストーリーズ運命の分岐点」を視聴しました。

 

朝日新聞横浜支局記者からの視点、

主任検事だった宗像紀夫さんからの視点、

奥さまの江副碧さんからの視点の3部構成でした。

 

第一の視点は、若い記者が警察から未公開株譲渡のネタを入手して調査して報道するに至ったこと。川崎市の助役がリクルートから未公開の株を譲渡してもらい、公開後に売り払って巨額の利益を得たという内容でした。購入資金はファイナンスしてもらい、公開直後に売却して利益を得たとの内容です。他紙の追随はなかったものの、NHKがニュースで取り上げたことで大きな動きになっていきました。

 

そして未公開株の譲渡は、政財界や官僚にも及んでいたということが判明し、一挙に大きな社会問題に発展していくことになりました。

 

第二の視点は、一連の未公開株の譲渡が果たして贈収賄になるかどうかということでした。罪を問うためには、国会議員や官僚などが持っている職務権限に関して、贈収賄したことが明らかでなければなりません。贈収賄双方にそのような意思があったことが証明される必要があります。それを立件することが甚だ困難であったと主任検事は述懐していました。

 

裁判の結果は、執行猶予付きの有罪判決でしたが、自分が弁護士の立場であったら、無罪を勝ち取っていたかもしれないと、主任検事だった宗像紀夫さんが話していたのが印象的でした。

 

第三の視点は、妻の立場から見えていた江副さんの心象風景です。創業したリクルートという会社がどんどん大きく成長していくにつれて、夫である江副さんは糸の切れた風船みたいにどんどん遠ざかっていったとのこと。言いようのない不安と危機感を持たれていたようですが、どうしようもなかったと話されていました。

 

稲盛和夫さんが第二電電を立ち上げた時、当初はその中心メンバーに入っていたにも拘らず、設立メンバーからは外されてしまったとのこと。稲盛さんから「あなたはまだ若いから」といわれた由。このことは江副さんにとって大変ショックだったと思われます。第二電電の幹部の話によれば、「稲盛さんは江副さんを嫌ったから」とのこと。じっくりと着実にことを運ぶメーカーの発想の稲盛さんと、頭の回転が速く優秀で斬新な発想ができる江副さんとは馬が合わなかったというべきでしょうか。

外された江副さんは、屈辱感を払拭すべくNTTの真藤恒さんに近づいていくことになります。

 

江副さんは、紙媒体からコンピューターを利用したインタネットへの転換を、一番早く強く見つめていた経営者だったとコメントされていました。

 

第二電電が情報提供の基盤整備事業だとすれば、江副さんの発想の眼目は、情報提供のコンテンツにある、ということです。

 

いみじくも奥様の碧さんが最後に語られて言葉が深く胸に刺さりました。

「江副のやりたかったことは、グーグルのような情報発信事業だったと思います」と。

 

江副さんなら、米国のIT企業大手GAFAに負けない成果を出していたかも知れません。

 

 

天才の山谷深し御来光     如空