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愛と光と忍耐を求めて

プルーストの「失われた時を求めて」を真似てるわけではありませんが、悠久の時の流れの中での一瞬の人生。しかし、それを知っている魂には永遠の命があるのかも知れません。テーマは「修業の場としての魂の人生」

9月3日(日)18時〜20時に

第31回Zoom句会が開催されました。

 

主宰の十志夫さんの10年経過したパソコンが、

Zoomが繋がらず、他のメンバーが携帯電話を利用して、

音声のみでのやり取りで句会を進めました。

多少聞きずらい時もありましたが、

何とかなるものですね。(笑)

 

小生の詠んだ7句の内、

選が入ったのは以下の4句でした。

 

泣きべそをかくまで燥ぐ裸の子   如空

 矢作/北川/

 子供の習性を上手く表現している。

 

絵本読む静寂の館秋夕べ    如空

 中山/深川/

 五七五がぶつぶつ切れている。 

 季語は「秋の声」(秋の気配のこと)が合いそう。

 

裸富士抱かれて眠る鱗雲    如空

 深川/

 言葉のつながりが分かりにくい。

 

息災を尋ねしメール秋燕    如空

 中山/

 取り合わせの「秋燕」がしっくりこない。

 

 

「泣きべそ」の句は、孫の燥ぐ景です。

選のコメントの通り、子供の習性を

詠んだ句でした。(笑)

 

「絵本読む」の句は、図書館での景です。

合評では、「館」を読み聞かせていた

図書館とは理解してくれませんでした。(笑)

下五は、「秋の声」の方が良いですね。

 

「裸富士」の句は富士霊園での一句です。

学生時代の先輩の墓参りに行った時の景ですが、

分かりにくいとの評を頂きました。

俳句は、説明句になっては良くないですが、

省略し過ぎると不明句になってしまいます。

難しいですね・・・(笑)

 

「息災を」の句は、御無沙汰の友人に送った

ご機嫌伺いのメールの句ですが、

季語の「秋燕」がしっくりこないとのこと。

飛び去っていく「秋燕」に音信不通の友人を

イメージしたのですが、理解してもらえません

でした。

 

Zoom句会に慣れてしまっていますので、

中々リアル句会に戻るのは腰が重いと、

参加者の皆さんが語っていました。

 

 

長月やズームに慣れし句会あり  如空