先日、アジアの地図があったので、チビに「日本に一番近い国はどーこだ?」と聞いてみた。

「えっ?ここでしょ?」とチビが指差したのは、なっ、なんと北海道!ガーン

 

父、ショック。

なんたることか…、我が祖国の地形も知らないとは。

世界中のどの国もそうだが、「国土」とは当たり前にあるものではない。

その土地を守るために決死の覚悟で戦った先人たちの歴史の上にある尊いものなのだ。

北海道だって例外ではない。

 

戦後の「占守島(しゅむしゅとう)の戦い」はあまり知られていない史実だ。

1945年8月17日深夜。

そう、ポツダム宣言を受諾し日本が敗戦した2日後のこと。

誰もが戦争は終わったと信じていたその時、あろうことか、ソ連軍が千島列島に不法侵入を始めたのだ。

この時スターリンは北海道の半分、あわよくば全土を占領する目論見だったことが後の資料で明らかになっている。

 

「ソ連軍、占守島に不法侵入を開始す」との第一報を受けた陸軍第5方面軍司令部の司令官、樋口季一郎中将は、隊員に自衛のための戦闘を命ずるべきか、戦闘行為を禁じていた大本営の指示に従うべきか悩んだという。

しかし悩んだ挙句に出した結論は、「反撃命令」だった。

 

そして千島列島の北端にある占守島を舞台に激しい戦闘が行われ、双方に大量の死傷者が出たことが記録されている。

戦闘そのものは日本軍優勢だったものの軍の司令により日本軍は降伏。

だがこの必死の反撃によりソ連軍は足止めを食らうこととなり、スターリンの北海道占領計画は失敗に終わったのだ。

ひとつ付け加えると。

この戦闘で武装解除された日本兵の多くは捕虜となり不法に拉致されシベリアに抑留されてしまった。

 

しかしこの必死の反撃がなかったら、北海道の一部または全土はソ連軍に占領されていたに違いないのだ。

そして略奪、虐殺、強姦などが横行し、多くの民間人が大変な被害にあったことは想像に難くない。

 

 

そう思うと、私たちの今の暮らしそのものだって決して「当たり前」ではないのだ。

歴史を正しく学び、そして先人たちへの感謝の気持ちを忘れないことが非常に大切だと思う。

 

 

ということで、大至急日本地図を入手し、チビの部屋に貼りました。

 

チビよ、まずは日本の地形くらい知ってくれ。

それからパパと一緒に歴史の勉強をしようじゃないか!

 

 

 

 

 

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