1960年代、政府は大胆な政策を実施しました

日本の金融の強化と、貿易の拡大を計るために、

企業の本社を東京に集めました

当時、上場企業の30%は、大阪に本社がありましたが、

住友グループ各社、伊藤忠商事、日本生命等々が移転

松下電器産業や武田薬品等も抗しきれずに、

大阪は本店として存続、本社を東京へ移しました

 

本社機能の東京集中は、順調に進みました

それに伴い、街としての活性化が急速に進行し、

それを支えるために多くの人々が、地方から上京しました

東京都心への人口流入は留まることを知らず、

23区を超えて膨張を続けました

 

今から40~50年前、東京の一極集中を懸念した政府は、

防災上有効な緩衝地帯を設ける構想を立てしました

例えば、環状8号線のような半円の形状で、

市街地を囲むように緑地帯を構想しましたが・・・

 

西欧の大都市は、郊外に農地や緑地帯を設け、

際限のない拡張を抑えます

政府は、その都市計画をモデルにしましたが、

緑地帯に組み込まれる近隣自治体は、

むしろ東京の延長として、繁栄した都市化を望み、

猛烈な反対運動が起きて、

緑地帯の構想は完全に消滅しました

 

それからは、無秩序な都市膨張が続いています

東京都市圏、3,750万人

インド、デリー、2,850万人

上海、メキシコシテー、サンパウロ・・・

以下、アジア中南米の都市が続きます

 

東京都は、豊かな財力を誇り、益々魅力を高めています

威容を誇る巨大なビル群、林立する高層マンション群

繁栄の極みのように見えますが、

関東地方故の大きな災害リスクもあります

首都直下型地震は、発災の周期を迎えているとも・・・?

富士山は周期的に大爆発、以前は300年前のこと

その被害を軽減回避する計画は、小手先だけ

本格的な人口抑制策は、具体化しません

 

東京一極集中は、政策でしたが、

都市の無秩序な膨張を抑えることが出来ませんでした

今になり政府は、東京一極集中を、

やり過ぎだったと後悔を・・・

(つづく)

 

貴女にとって、貴方にも

今日が良き日でありますように・・・