先日、このブログの三人の会がなぜ、最後の演目、望月から
始めたのか思い出しました。
能に見るあだ討ちについて書きたかったのです。でも、
長くなって、やめているうち、忘れてしまったのでした~。
能にはあだ討ち、どんなのがあるのか、
知っている範囲でいうなら、
曽我兄弟の敵討ちの話がたくさんあったようです。
もう、廃曲になっているものもあって、今は何曲かな?
このあだ討ちというものは、
昔の人にとってとても人気だったのでしょうね。
せっかく人気のあだ討ち、といったので、今も人気の
忠臣蔵に話を持っていきます。またまた脱線です。
この間の「一富士二鷹・・」の鷹は浅野家の紋が鷹だったからとか・・・。
しつこく、正解ではありませんけどね。
あの吉良上野介、今もテレビのドラマなどでは嫌われ者ですね・・・。
でも、実は違うようですね。
面白くするためにあんなふうにされてしまって、気の毒だなあ、と
私もこの頃、思うようになりました。
吉良家の菩提寺、華蔵寺。愛知県の吉良町。
三年ぐらい前、吉良町の近くに行ったとき、立ち寄りました。
なんと、地元の方々が今も法要をなさっているのです。
訪れたのは法要の数日前でしたが、
この写真、はっきりしませんが、三百回忌以上です。
お墓もあります。
とても名君だったようです。
そして、あの発端も決してお話のようではなかったようですね。
村上鬼城の句碑もあり、
ゆく春や にくまれながら 三百年
と刻まれていました。
なかなか、能のあだ討ちにいきません。
今日はこれにて。

