高市首相は賢いが、聡明ではないのか | baabapapa2のブログ

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田舎の老夫婦の年金生活です。

アメリカのジャーナリストの気になる言葉である。

「高市首相は賢いが、聡明ではない」

 

高市首相は理解力も高く、国益に向かって馬車馬のごとく最短距離で走るということであろうか?

だが、他国の同じくらい賢い人には、その道筋はスケルトンで見えやすいのではないか。

そして、その道に岩を置いて「岩を取りぞくために、どの程度の譲歩を引き出せるか」交渉をしてくるかもしれない。

 

「聡明さ」とは、「急がば、周れ」(回り道なので、行き先が読めない)、「損をして、得を取れ」(本当の狙いは、どこにあるのだ)と、手の内を読ませない利口さかもしれない

 

さしあたっては、中国が領海侵犯してくるのをどう対応するのか、台湾も、トランプも、エネルギー問題も等など、問題は山積みである。

高市首相も、どんどん経験を積んで百戦錬磨の聡明な強者になっていくのではないだろうか。

 

大いに期待するところである。