「拉致問題」で強気の北朝鮮、実は窮地に追い込まれていた | にゃんころりんのらくがき

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2018.06.29

「拉致問題」で強気の北朝鮮、実は窮地に追い込まれていた

   日本は焦る必要まったくナシ

長谷川 幸洋

ジャーナリスト

プロフィール

 

拉致解決なくして経済支援なし

核とミサイルをめぐる米国と北朝鮮の交渉が進む中、日本人拉致問題はどうなるのか。北朝鮮の国営メディアは相変わらず、日本批判を繰り返している。だが、私は逆に、北朝鮮が追い込まれつつある、とみる。

 

北朝鮮の国営メディア、朝鮮中央通信は6月25日、日本について「日本は平和と安全に関する野心を正さなければ、日本が無視されるという結末が避けられないということに気付くだろう」と指摘した。

 

これに先立って、同じく国営メディアの平壌放送は15日、拉致問題に触れて「日本はすでに解決された拉致問題を引き続き持ち出し、自らの利益を得ようと画策した」と報じた。表向きは「拉致問題は解決済み」というのが、北朝鮮の公式スタンスである。

 

だが、はたして本当にそうか。

 

6月12日にシンガポールで開かれた米朝首脳会談の後、米国のトランプ大統領は記者会見で、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に対して「拉致問題を提起した」と述べた。だが、具体的にどう言ったのかについては、大統領は何も語らなかった。

 

私は会見のテレビ中継を見ていたが、「だれかもう一歩、踏み込んで大統領に話の中身を質問する日本人記者はいないのか」と歯がゆい思いがした。

 

私の新聞特派員時代の経験を振り返れば、英語で質問する日本人記者は本当に少ない。英語ができないのだ。英語を話せる記者もいるが、英語ができるからといって、大統領の会見に出席して質問できるかと言えば、難しい。担当分野の縛りがあるからだ。

 

ホワイトハウス担当記者にとって、大統領会見に出席するのは栄誉であり、社内で自分を売り出す絶好のチャンスである。「ちょっと英語が話せる」からといって、自分の席を譲るような記者はいない。結局、英語ができなくても、担当記者が座ってしまう。

 

今回、大統領に追加質問した記者はいなかった。結果として、大統領と正恩氏の応酬は読者、視聴者に分からずじまいで終わってしまった。NHKなどは100人規模の取材班を送り込んだそうだが、そんな大人数を派遣するなら、きちんと質問してほしかった。

 

それはともかく、6月14日付の産経新聞が拉致問題をめぐるやりとりについて、核心を突く記事を掲載している(http://www.sankei.com/politics/news/180614/plt1806140003-n1.html)。次のようだ。


米朝首脳会談で、トランプ氏は「完全な非核化を実現すれば経済制裁は解くが、本格的な経済支援を受けたいならば日本と協議するしかない」との旨を金氏に説明。その上で「安倍首相は拉致問題を解決しない限り、支援には応じない」と述べたとされる。

 

この説明を受け、金氏は、安倍首相との会談に前向きな姿勢を示したという。会談中に北朝鮮側は「拉致問題は解決済み」という従来の見解は一度も示さなかったという。

この報道が正しいなら、トランプ氏は「拉致問題の解決なくして日本の経済支援はない」ことを正恩氏に伝えた形になる。

 

拉致が米朝交渉の核心に

一方、大統領は会見で「非核化の費用は韓国と日本が大規模な支援をするだろう。米国が支援する必要はない」と語っている。それだけではない。

トランプ氏は6月1日、ホワイトハウスで金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長と会談した後、会見で非核化の見返りになる経済支援についても中国と韓国、日本の支援に期待を示し、米国の資金拠出を否定した経緯がある(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO31302380S8A600C1NNE000/)。

つまり、トランプ氏は非核化の経費と経済支援については、日韓あるいは日中韓が負担し、米国は負担しない立場を一貫して明確にしている。

以上を整理すれば、大統領は経済支援について「日本と韓国、中国が拠出する」と公言しつつ、正恩氏には「拉致問題を解決しなければ、日本はカネを出さない」と伝えた。これは、すなわち拉致問題が米朝交渉の中核部分に組み入れられたことを示している。

 

米朝交渉の入り口は言うまでもなく、核とミサイルの廃棄だ。出口は北朝鮮に対する経済制裁の解除と経済支援である。ところが、拉致問題を解決しなければ、日本はカネを出さないのだから、北朝鮮は拉致の解決なくして出口に辿り着けない。

 

北朝鮮から見れば、制裁解除はもちろん、経済支援が得られなければ、そもそも非核化する意味がない。国の威信をかけて巨額の投資を続けてきた核開発をあきらめるのだから、それに見合う支援がなければ、まったく割に合わない取引になってしまう。

 

だからこそ、正恩氏は米朝首脳会談で「拉致問題は解決済み」という姿勢を示さなかったし、安倍晋三首相との日朝首脳会談にも前向きだったのである。

 

先行きは楽観できないが、核とミサイルをめぐる米朝交渉の中核に、拉致問題が明確にビルトインされたのは、初めてである。間違いなく一歩前進と言っていい。

 

こうした展開を受けて、安倍首相は日朝首脳会談に前向きな姿勢を示している。一部には「8月あるいは9月にも会談するのではないか」といった観測もあるが、前のめりになる必要はない。前のめりになればなるほど、足元を見られるからだ。

 

米国が非核化を迫れば、北朝鮮は非核化の代償を求めてくるだろう。その先に、いずれ制裁解除と経済支援の話が出てくる。そのときに初めて、経済支援とセットで拉致被害者の解放を具体化するチャンスが来るはずだ。いまは、そのタイミングを待つべきである。

 

習近平からの「入れ知恵」

ただ、気がかりな点もある。ここへ来て米朝交渉が停滞している気配が漂っているのだ。シンガポール会談の後、トランプ氏はすぐにも実務者協議が始まるかのように語ったが、協議は2週間以上過ぎても始まらない。その間に、いったい何があったのか。

 

それは、先週のコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56221)で触れたように、トランプ政権による2000億ドル規模の対中制裁関税の発表と、それと同じタイミングで開かれた中朝首脳会談である。

 

トランプ氏は「もう中国の習近平国家主席を頼らなくても、正恩氏とは直接、話せる」とみて、中国に対する追加制裁関税の検討に踏み切った。ところが、習氏からみれば「まだ正恩氏はオレの手のひらに乗っているんだぞ」と誇示した格好だ。

 

習氏は米国をけん制するために、再び正恩氏に「非核化を急ぐ必要はない」とあおった可能性もある。シンガポール会談の直前、北朝鮮がいったん態度を硬化させたパターンの繰り返しだ。強腰路線は結局、トランプ氏の会談中止通告で失敗した。

 

トランプ氏はここからが本当の正念場だ。歴史的なシンガポール会談から1ヵ月近くが経っても、非核化に具体的な進展がないなら、大統領の失敗が濃厚になる。それは、取引上手を自認する大統領にとっては到底、受け入れられないだろう。

 

金正恩氏と習近平氏、それにトランプ大統領の三つ巴の駆け引きが続く。

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米国の武力との合わせ技が使えるならともかく、日本(拉致事件)に時間的余裕がないのは誰でも分かっていることですから・・・残念ながら。

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中国国家主席、見せつけた貿易紛争の切り札-金委員長の北京訪問で

Bloomberg News

  • 北朝鮮カードは温存、使えば影響は大豆やボーイングにとどまらない

  • 中国は慎重、米中関係における最終兵器-Griskのフェン氏

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のタイミングを見計らったかのような中国訪問は、トランプ米大統領が発する輸入関税という脅しがもっと広範な米中対立に発展する可能性を浮き彫りにした。

 

  3月以降で3度目となった金委員長の北京訪問は、習近平国家主席がトランプ大統領との貿易紛争で使えるカードが単に大豆輸入やボーイングとの購入契約にとどまらないことを示唆した。中国は米国にとって最大の貿易相手国であるだけでなく、北朝鮮に非核化を迫る「最大限の圧力」キャンペーンで最も重要な役割を担う。

 

  国営の中国中央テレビ局(CCTV)は金委員長との会談を終えた習主席の発言として、北朝鮮と米国の双方が首脳会談での合意を実行に移し、関係各国が協力して朝鮮半島の和平プロセスを前進させることが可能になるよう期待すると報じた。中国は引き続き建設的役割を担う意向だという。

 

  新たに2000億ドル(約22兆円)の中国製品が追加関税の標的にされる可能性が高まった現在もなお、習近平主席には北朝鮮という交渉の切り札がある。貿易から台湾関係に至るまであらゆる米国の政策が変化し、中国を世界のリーダーにしたい習主席の計画を阻止することがトランプ大統領の本当の狙いだとの見方が広がるなか、習主席はこの切り札を使う方向に傾く可能性がある。

 

  中国はこれまでのところ、通商問題と北朝鮮問題を結びつけるような言動は避けている。政治リスクを分析するGRiskの共同創業者、チューチェン・フェン氏は「中国側は北朝鮮を交渉材料として利用することに極めて慎重になる」と指摘。「北朝鮮カードは米中関係における最終兵器として使いたい考えだろう」と述べた。

原題:As Kim Visits China, Xi Flaunts Bargaining Chip in Trade Dispute(抜粋)