葛藤が自分の心の中に起きているのは
これが大きな原因なんだろう!
改めて以下の自分の書いた、人、それぞれの違いに付いて振り返って初心に戻らなければならないと思いました!
人間は万民がそれぞれの生まれや育ち、教育や社会常識の違いが元になり、価値観が全く多種多様であり、
心の中に【裁判官】が存在しています。
挨拶の仕方、箸の上げ下ろし、歩き方から、政治信条、宗教観、など全ての物事にその人の正しさがあり、毎分、毎秒、他の人を見て心の中の裁判官は
「有罪」・「無罪」をジャッジメントしていると思います。
そして、あいつは何故こうしないんだ!
こんな場合はこうするのが当たり前なのに!
と意識は忙しい。
しかし、良く考えて見て下さい。
地球に産まれて来た訳を。
宇宙に存在する理由を。
全てが同じでは何も違和感無く、刺激も無く、考える事も無く過ごしてしまうでしょう。
そこには何も進歩が無いのです。
この心の中で起きる葛藤こそが人生の体験と学びだと思いませんか?
そこから抜け出すには、
私はこういう考えだけど
この人は違う考えなんだと認めること。
そして自分の正しいか間違っているのかすらもわからない意見を相手に押し付けようとしないことでしょう。
創造主はそれぞれの生命体に違った体験と学びをさせて、違った役割を与えて豊かな宇宙にしたいと思っているのですから。
違うものを見たら、そういうのもありなんだ!
と尊重して見る努力をしてみましょう。
そこには争いはありません。
己の正義の剣を抜いた時、相手を切り倒し、己と同化させようとして、そこから支配しようとするのです。
どんな魂も支配されるのは嫌います!
なら、剣をさやに納めて、ふ~ん、そんな違いがあるのかと思うだけでも良いでしょう。
自分のことしか考えない
の意味は、相手のことを慮って、自分と違うということを考えていない
と言う事になりますね。
ならほとんど人間は当てはまりそうです。
肉体を持つ限りは自らが持つ裁判官で判決をしがちだから、この難しさの繰り返しが続いて行くでしょうね。