窓口に、いま最も多く寄せられている訴えのひとつです。ダウンタイムの症状だけは教科書どおりにフルコースで出たのに、肝心の結果だけが出ていない。今回は、実際に寄せられた症例をもとに、「なぜ効果が出ないことがあるのか」「1ヶ月で判定していいのか」「そして何より、次に地雷を踏まないための医師選び」を、解剖学と臨床の視点から掘り下げます。
そもそも「脂肪吸引注射」とは何なのか
ここが最初の落とし穴です。「脂肪吸引注射」は医学的に確立された術式名ではありませんクリニックが独自につけたマーケティング用語で、「電動吸引機やベイザー等の機器を使わず、注射器(シリンジ)の陰圧だけで脂肪を吸い出すシリンジ法」を指すことが多いです。医療機器の減価償却も、機器の維持費もかからない。だから安い。
表:顔まわりの脂肪除去アプローチ比較
| 方式 | 仕組み | 特徴 | 起こりうる落とし穴 |
|---|---|---|---|
| シリンジ法(いわゆる脂肪吸引注射) | 手動の陰圧で吸引 | 低コスト。細径カニューレで小回りが利く | 陰圧が弱く吸引量が伸びにくい。術者の技量差が結果に直結 |
| 電動吸引(従来型リポサクション) | ポンプで安定した陰圧 | 吸引量を確保しやすい | 顔面では過吸引リスク |
| ベイザー(超音波併用) | 超音波で脂肪を選択的に乳化 | 線維성組織でも吸いやすい/出血少なめ | 費用が高い。熱による合併症管理が必要 |
| アキーセル等(振動・回転補助) | 機械的にカニューレを動かす | 術者の負担軽減、均一性 | 同上 |
| 脂肪溶解注射(薬剤) | デオキシコール酸等で脂肪細胞を破壊 | 手術ではない | 複数回必要。「吸引注射」と混同されやすい |
答えはノーです。
腫脹の強さを決めるのは主に、
- 注入した麻酔液の量
- カニューレが組織を通過した回数(パス回数)と粗さ
- 手術時間の長さ
- 圧迫の質と期間
であって、除去できた脂肪の量ではありません。
組織を長時間かき回せば、脂肪が取れていなくても腫れは強くなります。相談者に起きたのは、まさに「腫脹だけが最大化された」状態である可能性があります。
患者を思う術者ほど、ダウンタイム軽減のために手術時間を短くすることを重視します。顔まわり単独で2時間半〜3時間、しかも途中で執刀医が離席——これは、手術の“質”を測るうえで無視できない情報です。麻酔液は時間とともに浸潤し、組織はその間ずっと侵襲を受け続けています。
「変化ゼロ」の原因として考えられる仮説
仮説①:吸引量が絶対的に足りていない
シリンジ法は陰圧が弱く、術者が丁寧すぎる/自信がない場合、臨床的に意味のある量に届かないことがあります。顔まわりで見た目が変わるには、部位にもよりますが相応の量が必要です。「安全に配慮して控えめに」が、そのまま「何も変わらない」になり得ます。
仮説②:麻酔液ばかりを回収して終わっている
チュメセント液を入れた直後は、吸引物のほとんどが液体です。脂肪と液体が層分離するのを待たずに引くと、回収物の見た目の量はあっても、実質の脂肪は極めて少ない、ということが理論上起こり得ます。
(※これを意図的に行う施設が存在する、と断定できる公的データは筆者の知る限りありません。ただし、結果として同じ状態になり得ることは術式上、否定できません。)
仮説③:そもそも脂肪が原因ではなかった——ここが最重要です
顎下・フェイスラインのもたつきの原因は、脂肪だけではありません。
| もたつきの原因 | 脂肪吸引で取れるか |
|---|---|
| 皮下脂肪(広頸筋の上) | ○ 取れる |
| 広頸筋下脂肪(サブプラティスマル脂肪) | × 通常のカニューレでは到達しない |
| 顎二腹筋前腹の肥大 | × 取れない |
| 顎下腺の下垂・肥大 | × 取れない。むしろ脂肪を取ると目立つことも |
| 皮膚のたるみ | × 取れない(引き締めは限定的) |
| 骨格(下顎の後退、舌骨位置が低い) | × 取れない |
もしフェイスラインを作っていた主因が、広頸筋下脂肪・顎下腺・骨格だったなら、皮下脂肪をどれだけ吸っても輪郭は変わりません。
これは医師の技量以前の問題であり、術前診断(触診・場合によりエコーやCT)で見抜くべき事項です。ここを説明せずに「顔まわり全部やりましょう」と契約させたのだとすれば、それは技術ではなくカウンセリングの失敗です。
地雷クリニックチェックリスト:項目に当てはまるほど危険
| 危険サイン | なぜ危険か |
|---|---|
| カウンセリングが医師ではなくカウンセラー中心 | 診断ではなく販売になっている |
| 執刀医が当日まで分からない/指名不可 | 症例数の少ない医師に当たる可能性 |
| 「その日中の契約で〇万円引き」 | 冷却期間を奪う典型手法 |
| 触診をせず、写真だけで適応判断 | 広頸筋下脂肪・顎下腺・骨格の鑑別ができない |
| 「たるみは出ません」と言い切る | 皮膚の収縮には個体差があり、断言できない |
| 吸引予定量・使用カニューレ径の説明がない | 計画がない可能性 |
| 合併症・修正の説明が極端に薄い | 説明義務の観点で問題 |
| 同一時間帯に他患者と掛け持ち | 手術時間の延長=腫脹増大に直結 |
| 症例写真の撮影条件がバラバラ(照明・角度・表情) | 写真の“演出”で差を作れてしまう |
カウンセリングで必ず投げるべき7つの質問
- 「私のフェイスラインのもたつきは、皮下脂肪・広頸筋下脂肪・顎下腺・骨格のうち、どれが主因ですか?」 → ここで言葉に詰まる、または「全部脂肪です」と即答する医師は要注意。
- 「使用する術式はシリンジ法ですか、機器併用ですか。理由は何ですか?」
- 「吸引予定量はどのくらいを想定していますか?」
- 「手術時間はどのくらいですか。途中で離席することはありますか?」
- 「執刀は先生ご本人ですか。当日変更の可能性はありますか?」
- 「効果が不十分だった場合の対応(修正・返金)はどう規定されていますか。契約書のどこに書いてありますか?」
- 「同じ照明・同じ角度で撮影した、術前術後の症例写真を見せてください」

