脂肪豊胸における「乳首下向き失敗」と皿型バストの原因
脂肪豊胸は、自身の脂肪を用いて自然なボリュームアップを目指す手術です。シリコンバッグに比べて柔らかく自然な触感が得られ、定着すれば長期的な維持も期待できます。
しかし、術後のデザインを誤ると「乳首が下を向いてしまう」「胸板のようなバストになる」といった深刻な失敗につながります。これらは術中には気づかれにくく、術者自身も問題を認識していないことが少なくありません。
今回はこの現象を、解剖学的背景とバストデザインの原則から解説します。
解剖学:デコルテには乳腺が存在しない
まず前提として、乳腺組織はバストトップ付近に集中しており、鎖骨近くのデコルテ部分には存在しません。
解剖学的に乳腺は第2〜6肋間に位置し、乳頭から扇状に広がる形で分布しています(Cooper’s ligamentにより支持される)。
一方で、デコルテ部分は主に大胸筋と皮下脂肪から構成されており、乳腺のボリュームはゼロに近い領域です。
そのため、デコルテに過剰に脂肪を注入すると、「存在しない場所に人工的なボリューム」を作ることになり、本来のバストの自然なドロップラインが消失します。
参考文献:
Hall-Findlay EJ. Aesthetic Breast Surgery: Concepts & Techniques. Elsevier, 2010.
デコルテを膨らませすぎると「皿型バスト」に
天然のバストは、寄せていない状態では重力により下方へ垂れ下がります。
この状態を横から見ると、デコルテ部は比較的フラットで、トップに向かってボリュームが増す形状です。
しかし、脂肪をデコルテにまで均一に注入してしまうと、トップとデコルテの高さの差がなくなり、「皿型バスト」あるいは「胸板バスト」が形成されます。
ボディビルダーが大胸筋を極限まで鍛えた時のように、胸全体が平坦で硬い印象となり、女性らしい丸みが失われます。
特に胸上部が盛り上がると、バスト全体が上向きに見え、結果として乳首が下向きに見えるという現象が起こります。
乳首が下向きになるメカニズム
乳首が下向きになる失敗は、以下の2つの要素が関わります。
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デコルテの過剰なボリュームアップ
・上部が厚くなることで、トップの位置が相対的に下がる
・視覚的に乳首が下を向いたように見える -
トップに十分なボリュームが入っていない
・脂肪注入が均一すぎると、バストの中心が強調されず、全体が平らになる
・バストトップがデコルテと同一平面に近づき、皿型になる
つまり、上が盛りすぎ・下が足りないという「逆三角バスト」になることが原因です。
理想的なバストラインと2カップアップの目安
一般的に、ブラジャーで2カップアップする際のサイズ変化は以下が目安です。
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高さ(前後方向):約2cmアップ
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周径(バスト周囲):約5cmアップ
この増加分をどこに配分するかがデザインの要です。
理想は、トップ付近に最大のボリュームを集中させ、デコルテは控えめにすること。
これにより、デコルテとトップに明確な高低差が生まれ、女性らしい丸みを再現できます。
参考文献:
Tepper OM et al. "Three-Dimensional Imaging Provides Objective Data of Surgical Outcomes in Breast Surgery." Plast Reconstr Surg. 2009;124(6):2122-2130.
デザイン失敗を防ぐためのチェックポイント
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カウンセリング時に横からのシルエットを確認
・立位で横から見て、デコルテ〜トップの高さが滑らかな曲線かをチェック -
「胸上部を盛りたい」という希望は慎重に伝える
・胸上部はあくまで軽く自然に、トップに重点を置く -
医師の過去症例を確認
・皿型バストや胸板のような仕上がりが多い場合は注意 -
注入量と注入部位を細かく確認
・「デコルテには入れない」「トップ中心に注入」など具体的に伝える
脂肪豊胸は自然な仕上がりが魅力ですが、デザインを誤ると皿型バストや乳首下向き失敗が起こるリスクがあります。解剖学的にデコルテには乳腺が存在しないため、ここを過剰に膨らませると不自然な胸板型になり、女性らしい丸みが失われます。
自然な巨乳を実現するには、デコルテとトップに明確な高低差を作ることが最重要ポイントです。脂肪注入は「均一に」ではなく、「どこを強調するか」をデザインする医師のセンスと技術が問われます。解剖学的に精通していない外科医は回避しましょう。