民宿を始めたころから、私がずっと大切にしているのが「地元の食材でおもてなしをする」ということです。
この土地は山と川に囲まれ、季節ごとにさまざまな恵みを与えてくれます。
春、山肌の雪がとけ始めるころ、あちらこちらで山菜が顔を出します。
ふきのとうのほろ苦さ、タラの芽の香ばしさ、ワラビのぬめり。
どれも都会のスーパーでは味わえない“旬の味”です。
朝早く籠を手に山に入るのが、私の春の習慣です。
まだ朝靄が残る山道を歩きながら、ひとつひとつ採っていくその時間が、何より心を落ち着かせてくれます。
夏になると、地元の川に鮎が戻ってきます。
子どものころ、父に連れられて川で釣りをした記憶が今も鮮明に残っています。
あの頃は遊び半分でしたが、今ではその経験が宿の料理に生きています。
炭火で焼いた鮎の香ばしさは格別で、塩を少しだけ振り、焼き立てをお出しすると、お客様が「骨まで食べられるんですね」と驚かれます。
私自身、川の音を聞きながら鮎を焼く時間が好きで、夏の夕暮れには、どこか懐かしい気持ちになります。
秋は食材が一番豊かになる季節です。
山にはきのこが出始め、地元の農家さんからは栗や里芋が届きます。
特にきのこご飯は、毎年楽しみにしてくださるお客様が多い一品です。
素朴ですが、香りが豊かで、炊き上がると宿中に秋の香りが広がります。
お椀に盛るときの湯気が立ちのぼる瞬間が、私はたまらなく好きです。
そして冬。
寒さの厳しいこの時期は、体を温める料理が欠かせません。
地元の猟師さんが獲ってくるイノシシを使った鍋料理は、民宿の定番です。
脂の旨味が深く、根菜と一緒に煮込むと、体の芯から温まります。
お客様の中には最初「イノシシって食べられるんですか?」と驚かれる方もいますが、一口食べればたいてい笑顔になります。
「これ、臭みが全然ないですね」と言われると、猟師さんにも伝えたくなります。
自然の恵みを無駄にせず、季節ごとにいただく。
それがこの土地の知恵でもあり、暮らしのリズムでもあります。
料理を通して、地元の自然を感じていただけることが、私にとって一番の喜びです。
決して豪華なものではありませんが、心を込めて作った料理は、不思議と人の心を温めてくれます。
食事のあと、「懐かしい味がしました」と言われたことがあります。その一言が、私の心に深く残っています。
民宿を営むというのは、決して華やかな仕事ではありませんが、こうして季節の味を分かち合えることが、何よりの幸せです。
これからも、自然とともに生き、旬の恵みをお客様に届けていきたいと思っています。
山も川も、そして風までもが、この民宿の一部。
料理を通じて、その豊かさを感じてもらえたら、それだけで十分なのです。