民宿を始めてから、もう十年以上が経ちます。
正直なところ、田舎で宿を続けるというのは、決して楽な道ではありません。
予約の入らない日が続くと、「もう潮時かな」と思うこともありますし、
設備の修繕や燃料代の高騰など、現実的な悩みは尽きません。
でも、それでも辞められないのは、この土地の自然と、人とのつながりが、私にとって何よりの支えになっているからです。
都会のような便利さはなくても、ここには四季がはっきりと感じられる自然の恵みがあります。
春には山菜が芽吹き、夏には川のせせらぎが涼しく響きます。
秋は色づく木々が山を染め、冬は静かな雪景色が広がる。
そのどの瞬間にも、私は「この土地に生まれてよかった」としみじみ感じます。
民宿の料理に使う野菜は、ほとんどが地元の農家さんから分けてもらったものです。
朝採れのトマトやキュウリは、見た目こそ不揃いでも、噛むたびにしっかりとした味が広がります。
お客様が「こんなに野菜が甘いなんて」と驚かれるたびに、農家さんの顔が浮かび、胸が熱くなります。
最近では、地元の方々とも協力して、自然を活かした宿泊体験を増やしています。
たとえば、山の湧き水で淹れるコーヒーや、夕方の焚き火体験、近くの畑での収穫体験など。
都会では“非日常”かもしれませんが、私たちにとっては昔からの“日常”です。
それを「貴重な体験」と喜んでいただけるのは、何より嬉しいことです。
お客様の中には、帰り際に「ここに来て、自分を取り戻せた気がします」と言ってくださる方もいて、そんな言葉が私の原動力になります。
ただ、やはり経営は簡単ではありません。
特にコロナの影響を受けた数年間は、客足が遠のき、どうしようもないほど不安な日々が続きました。
ですが、そんなとき、常連のお客様がSNSで民宿の紹介をしてくださり、少しずつ新しいお客様が増えました。
「ネットなんて難しくて…」と敬遠していた私でしたが、思い切って投稿を始めてみると、
意外にもたくさんの人が反応してくれて、今ではちょっとした楽しみにもなっています。
季節ごとの風景や食材、地元の出来事などを写真とともに発信しているうちに、「行ってみたい」と言ってくださる方が増えてきたのです。
私はこの地で生まれ育ち、若い頃は一度外に出ましたが、結局ここに戻ってきました。
都会の便利さや賑やかさも魅力的ですが、やはり自然の中での暮らしは心が落ち着きます。
木々のざわめき、朝の鳥の声、夜の星空――それらが日々の疲れを癒してくれます。
この土地の魅力を知ってもらうことは、ただ宿を続けるためだけではなく、
地元の誇りを次の世代に伝えていくことでもあると思っています。
これからも、地元の自然とともに生きながら、小さな民宿としてできることをコツコツと続けていきたい。
派手なことはできませんが、来てくださった方に「また帰ってきたい」と思ってもらえるような、
そんな温かい場所を守り続けていきたいのです。