私の民宿は、山あいの小さな集落にあります。

都会のような便利さや、ホテルのような華やかさはありませんが、

その分、ここにはゆっくりと流れる時間と、人のぬくもりがあります。

私はこの場所で生まれ育ち、若いころは外で働いていましたが、

定年を迎えたころ、ふと「やっぱり地元の自然の中で暮らしたい」と思うようになり、

昔の家を改装して民宿を始めました。

最初は右も左もわからず、宿泊予約の仕組みも戸惑うばかりでしたが、

少しずつリピーターのお客様が増えて、今では季節ごとに顔を見せてくださる方もいらっしゃいます。

うちの民宿の自慢は、地元で採れた新鮮な野菜と山の幸を使った料理です。

朝は畑で採れたばかりの野菜を並べ、夜は山菜や川魚を囲炉裏で焼きながら、ゆっくりとお酒を酌み交わします。

都会から来たお客様が「こんなに星が見えるなんて」と驚かれると、こちらまで嬉しくなります。

宿の裏には小さな沢が流れていて、夏は子どもたちが魚取りに夢中になります。

冬は薪ストーブの火を囲んで、温かいコーヒーを飲みながらゆっくり過ごす――そんな時間が、私にとっても何よりの癒しです。

最近は、アウトドア体験を求めて来られる方も増えています。

キャンプやハイキング、川釣りなど、自然と触れ合う時間を楽しみにして来られる方々です。

私自身、若いころから自然が好きで、山歩きや焚き火が趣味でしたから、お客様と一緒に出かけることもあります。

ときには雨に降られたり、道に迷ったりもしますが、それもまた思い出になります。

自然の中では、思い通りにいかないこともありますが、その不便さこそが、心を豊かにしてくれるのだと思います。

民宿の経営は決して楽ではありません。

コロナの時期は予約が途絶え、正直、やめようかと思ったこともあります。

でも、常連さんから届いた「また必ず行きますよ」という手紙を読み返すたびに、

心が温かくなり、もう少し頑張ろうと気持ちを立て直しました。

先日は久しぶりにお越しいただいたご夫婦が、「ここに来ると心が落ち着く」と言ってくださいました。

その言葉が何よりの励みになります。

私はこれからも、派手なことはできませんが、ひとりひとりのお客様に心を込めて接していきたいと思っています。

自然の中で過ごす静かな時間、地元の食材の素朴な味、そして人と人とのつながり――

それが、この小さな民宿だからこそお届けできる“温かいおもてなし”なのです。