昨日はチネチッタでダーレン・アロノフスキー監督「レクイエム・フォー・ドリーム」4Kリマスター版を。
2001年の劇場公開時に新潟のシネ・ウインドで観た以来の今回。
心を満たすために、幸せを追い求めながら地獄へと堕ちて行くその過程はひたすら地獄で凄まじい胸糞の悪さだけど、人を描く面白さとダーレン・アロノフスキー監督の作家性、芸術性を存分に堪能する事が出来て、全てが最高だった。
劇中で映し出されるテレビ番組は、なんか宗教みたいだなと思ったけど、あの当時あの手の番組って確かにあったし、そこに出る事で名声を得るとか、あの感じがとてもリアルだった。
生きている実感、承認欲求を得ようとするその姿がとても印象的に描かれていて。
自分の居場所を求めながら、薬物に手を染めて堕ちて行くその過程の描き具合のリアルさが尋常じゃないヤバさだったし、最初は愛おしさを感じていたりしたはずなのに、もう顔を思いっきり顰めるしかなくなってしまうその現実、容赦ない地獄を徹底的に魅せつけていたのが最高だった。
相手に寄り添おうとしているのに、止める事の出来ない破滅への道のりを描く面白さは、何処までも徹底的に、極限まで登り詰めてからこそだったし、別にこれは他人事ではない身近にあるリアルを描いているからこそ時代を超えて普遍的な所で深く響く素晴らしい物語だった。
ヒップポップモンタージュによる細かく連なるカット割りや、画の構図の素晴らしさもしっかりと堪能する事が出来たし、音楽が物語と響き合うからこその素晴らしさがそこにはあって、言葉ではない所での映画を観る面白さもしっかりと堪能する事が出来た。
後半からクライマックスに向かう所で物語を描いて行くスピード感がアップして行く所で、更に物語の面白さが増していたのがあまりにも最高過ぎたな。
引き返す事の出来ない、辿り着いたその場所で繰り広げられて行く生き地獄の凄まじさに圧倒されたし、これはまだ映画だから良いけど、これが現実だったらこの何十倍も何百倍も恐ろしい訳だからね。
薬物による地獄絵図を魅せつけられる中での母親の姿やその光景はデヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」を思い出した。
希望に満ち溢れた夢を見ていたはずなのに、その行く末はこれ、という凄まじさにはもう言葉もなかった。
あとホラー映画的な面白さもあったしね。
心を満たすために幸せを追い求めて堕ちて行くその過程は現在のSNSと政治の関係性と重なり合うようにも感じたりした。
ある意味、空虚だからこそ、気持ちの良い物だけを追い求めて行くその先にあるのは破綻と地獄しかないという、最高で最強で最狂の見本がここにある。
人を描く面白さ、監督の作家性、芸術性を存分に楽しめるのと同時に、しっかりと教養を得る事が出来る最高の映画だなと思う。
心の隙間を埋める物、承認欲求、中毒性を考えた時に、現代社会で生きている上で思い当たる物を置き換えてみるとこの映画の面白さが増す所もあるよなと。
この映画を改めて体感して、気持ち良い物だけを観たり感じたりするだけだと、空虚にしかならないから、胸糞の悪い物を観たり感じたりする事は大事だと改めて強く思う。
人を描く事を通して、その愛おしさと残酷さの対比を極限まで描き切っている素晴らしさはこの先も色褪せる事なく、胸糞映画の金字塔としてこれから先も輝き続けるのだと思う。
最高で最強で最狂の地獄を体感出来て、全てが最高でした。

